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装備する台車は、製造年次によって幾度か変遷が生じている。戦後の国鉄車両の類例に漏れず、当初からコロ軸受け(ローラーベアリング)を採用したことで、長距離運転での車軸発熱の問題は低減されていた。
初期形の電動車には、新開発の高速運転用台車である鋳鋼台車のDT16が装備された。これは1948年頃から63系で試用されて来た扶桑金属(現・住友金属工業)製DT14・15の発展型で、戦前の「ペンシルバニア型」台車に由来するペデスタル支持の単バネによる軸箱支持機構を採用する点ではそれ以前の国鉄電車用台車と同様である。もっとも、台車枠が一体鋳鋼製となって剛性が飛躍的に向上したことで高速運転により適した特性の追求が可能となり、また長距離運転用ということでばね定数が見直され、乗り心地の改善も図られている。
付随車の台車は鋼材組立台車のTR43・43Aを装備した。こちらは従来20m級国鉄電車の標準型台車であったDT12(TR25)や一般向け客車用標準台車であったTR23の流れを汲む「ペンシルバニア型」鋼材組み立て・ペデスタル支持軸バネ台車であり、機構的にはやや時代遅れの面があった。ただしローラーベアリング化などの改良が施されており、従来長距離運用においてに問題視されていた軸受の焼け付きといった不都合はなかった。同種の台車(TR34)は当時国鉄客車の主力車種であったオハ35などにおいても標準的に採用されており、客車列車の電車化という80系の設計コンセプトからすると、これはごく自然な選択であったといえる。なお、これは1951年には小改良を施されてTR45・45Aに移行した。
1952年以降の製造グループでは、枕バネに重ね板バネを使っていた在来台車に代わり、電動車・付随車共枕バネをコイルバネとして揺動特性を改善した新型鋳鋼台車へ移行した。電動車の台車はDT16に似た重厚な形態のDT17、付随車の台車は台車枠の側枠が軸箱上へ跳ね上がった様な軽快なデザインのTR48が採用された。このうちTR48はその完成度の高さから、以後300番台の最後に至るまで付随台車として使用<ref>TR48の後継としてDT20Aの付随台車版である仮称TR51も設計されたが、メーカー各社の製造技術の差異や供給能力を勘案して、付随台車は鋳鋼製の本台車が継続採用となった。</ref>されている。
1956年製造の200番台からは、電動車台車について台車枠をプレス成型部材の溶接組み立て式とし、ゲルリッツ式近似の軸ばね構造<ref>上天秤ウィングばねを使用する。なお、ゲルリッツ式は第二次世界大戦前にドイツで開発された高速運転対応台車で、2段リンクで長い重ね板ばねを吊り下げた枕ばね部分を特徴とし、これと軸箱直上の板バネをウィングばねで支持する機構を併用する構造となっており、日本でも戦前に32・35系客車を用いてこの方式の台車の試験が実施されていた。DT20で採用された上天秤ウィングばね方式は、このゲルリッツ式の一方の特徴であった軸箱直上の板バネによるイコライジング機構を単純な天秤に置き換えたもので、もう一方の特徴である枕ばね部の機構は軸距が極端に長くなる(一般に3m前後となる)ことが嫌われ、採り入れられていない。</ref>をもつDT20Aとされた。この台車では軸バネと枕バネのたわみ量について振動解析が行われ、軸バネを柔らかく、枕バネを硬く設定する従来の経験則に基づく組み合わせから、解析結果に基づいて双方のたわみ量を均等とする様に変更され、これにより乗り心地が改善されたため、乗客に好評を博した。
このDT20Aは国鉄旧形電車用台車の最高傑作ともいうべきものであったが、構成部品が多く製作費が高価な上、直後に開発された新性能電車には別途新構想に基づくDT21系台車が開発されたために、少数の製造に留まっている<ref>元々は老朽化の著しいDT10装備のモハ30・31の台車交換用としても使用されるべく設計されたもので、それゆえ軸距(2,450mm)などの基本寸法はDT10と揃えられ、側受も新型車用と在来車用の2カ所を選択可能な様に設計されている。もっとも旧形車の台車についてはこれを電装解除して制御車に転用することで解決が図られたため、このDT20Aは本系列の他、70系300番台・72系920番台などの旧形国電最終期の新造車に限定して採用される結果となった。2008年現在は西武鉄道のE31形電気機関車に飯田線で最後まで運用されていたモハ80形300番台の廃車発生品が流用されて現存している。</ref>。