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哲学的にはデモクラシーの日本語訳で、君主に対応する概念(対概念)として「民主」という概念を設け、人民ないしは国民が、支配の正統性および実際の政治権力の双方の意味を含む主権を有するものとして、為政者たる「民主」と、被治者たる人民が同じ(治者と被治者の自同性)であるとする政治的な原則や制度をいう。
「民主政治」という訳語がより原義に近いという意見もある。哲人政治などの治者に何らかの条件を求めるものと違い、治者と被治者の自同性のため、失政による被治者への損害は確実に治者によって補償される。
政治学では民主政・民主主義を区別する必要からdemocracy(民主政・民主制)、democratism(民主主義、民主政イデオロギー・民主制)と区別することがある。民主制はやや慣用表現。democracyはdimokratía(δημοκρατία)が語源で、人民支配、人民(主)権の意。そのほかOligarchy(寡頭支配)やMonarchy(専制支配)の三分類がヘロドトス『歴史』に登場し、プラトンやアリストテレスが貴族支配や君主支配の概念とともに整理し、のちモンテスキューらに引用された。
日本においては、幕末、democracy(民主主義)とrepublicism(共和主義)の概念が混同され、どちらも「共和」と邦訳されることもあった。
民主主義は「過去の人々」がもし現在の意思決定に参加したならどう判断するのかという視点、あるいはまだ生まれていない人々がもし現在の課題に対して意思決定に参加したならどう判断するかといった視点から、単なる現在「たまたま」参加できる投票者による多数決を否定する論調(歴史主義)が存在する。
歴史主義は保守・革新の双方から尊重される一方で、現実に直面している課題を解決することを先延ばししているだけであるという批判に対して論理的な証明を持たない弱点がある。国民を歴史的な存在と抽象することは代表民主制においての論題の一つである(⇒ナシオン主権とプープル主権を参照)。歴史主義を強調すると検証不能な歴史観なるものを背景に独裁政を助長する可能性がある(唯物史観による共産党一党独裁や皇国史観など)。
==民主主義と民主政== 民衆の力を背景として行われる政治が民主政であり、これを意思形成の原則として主唱する政策理念が民主主義である。民主政は神権政、君主政、貴族政、共和政、独裁政などに対置される。民主政はコミュニティにおける意思決定に民衆が関与するだけでなく、その政策の執行も担当することを前提としており、その意味において「民主主義」とは一線を画する。
ルソーは、政策の執行権を人民全体ないし多数者に任せるのを民主政、少数者に任せるのを貴族政、一人に任せるのを君主政とした<ref>『社会契約論』第3編第3章。</ref>。人民集会では立法権(意思決定)が民衆に属さなければならず、一方で執行権は、立法者、あるいは主権者としての人民一般には属しえないものであり、公僕たる政府に委任するものとした<ref></ref>。
なお、一般に、民主政と民主制を混用し、民主体制の対立概念に独裁体制や一党体制が用いられることが多いが、現実には独裁と言われた国家社会主義ドイツ労働者党(いわゆるナチス党)が、演説により支持者を増やし、選挙によって第一党の座に座ると言う実に民主的な方法で政権を握ったように(民主主義体制下における独裁政)<ref>ただし、ナチスは政権をとった後、ドイツ国会議事堂放火事件を口実に共産党員を逮捕したり、全権委任法を採決するときに反対派の議員を議会から締め出したりするなど、政治的なテロ行為を行っており、民主的な選挙で独裁体制を確立したというのはやや過大評価である。ナチスは選挙では最後まで単独で議会の過半数を制することはできなかった。</ref>、独裁者が民主的に選ばれることもあるため、必ずしも対置するものではない。
寡頭制の鉄則<ref></ref>(⇒寡頭制)という言葉があるように、どのような体制であっても権力は究極的には集中するものであり、独裁主義に対置するものは、正確に言えば民主主義というよりも自由主義である<ref></ref>。為政者が少数派の政治活動や、言論の自由や思想の自由を弾圧するようになれば、たとえ大衆の支持があったとしても独裁的(非自由主義)と呼ばれる。
戦う民主主義は、民主主義を価値中立的で純粋に手続的な保証から踏み出し、民主主義的な価値に拘束し防衛するため、政党・結社の自由や表現の自由の一部を制限・禁止する<ref></ref>ことがある。