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4.日本における移民の歴史

開国後の日本は、第二次世界大戦後にいたるまで労働力が過剰だったために移民を送出する側にあった。労働力としての人の移動は、室町時代にはすでに存在していた。しかし中世においては、男女を奴隷として輸出する場合もあった。こうした事態を防止する意味もあり鎖国政策がとられて以後、幕末までは大規模な移民は行われなかったようである。

ふたたび労働力として日本人が他国に渡ることが多くなったのは、明治維新後のことである。明治元年(1868年)、駐日ハワイ総領事ヴァン・リードの要請を受けて、いわゆる元年移民153名がハワイ王国に送られたがその待遇は劣悪極まりないものであったため、国際問題に発展した。

その後、アメリカ合衆国本土やブラジルペルーなどの南米諸国等への移民が徐々に増加した。その他の受入先としてはアメリカ統治下にあったフィリピンダバオ市、満州国、日本の委任統治下にあったパラオなどの南洋群島などがある(ただし日本統治下にあった地域への移住は国内移住と同等であると考え、移民とは呼ばないことがある)。

農業の担い手だけでなく、フィリピンのバギオの例のように道路建設などの土木作業に従事する者も少なくなかった。

戦前、戦後を問わず農業を目的とした移民がたどり着く先は開墾すべき原野であることが多く、労苦があった。なかには開発の可能性がほとんどない荒地に住むことを余儀なくされたドミニカ共和国への移民のようなケースもあった。ドミニカ共和国移民の場合には当時の日本政府の喧伝内容と実際の現地の状況・待遇にかなりの相違があり、事実上の棄民ではなかったのかと後年日本の国会などで議論されている。

横浜、神戸には移民希望者が集まり、彼らを相手に出国手続や滞在中の世話をする移民宿が誕生した。またその出身地に因んだ「薩摩町」・「加賀町」などの町名が残されている。

日本人の海外移民に関しては日系人の項目も参照されたい。

2007年の時点で、日本には約100万人の来日外国人労働者が在留している。その家族や特別永住者等を含めると200万人の在留外国人がおり、日本に定住・永住する者も増えている<ref>『サラダボウル化した日本-外国人”依存”社会の現場を歩く』 若林亜紀著 光文社</ref>。

近年少子高齢化が深刻化し、若く、安い労働力を確保する為、財界と政界の双方から移民の受け入れを求める声が上がっている。しかし欧州などの移民政策への評価が分かれており政府は慎重な姿勢は崩していない。

(出典:Wikipedia)

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