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3.エピソード
- 生家は九州以来の「左三巴」で、神田正輝との結婚の披露宴の際に身につけていた緞子織りの白無垢に左三巴紋が記されていたことがテレビでも放送された。
- 旧姓「蒲池」という名字が同じであるZARDの坂井泉水とは、坂井本人あるいは父が久留米出身とされ、従姉妹ではないかと噂が立ったことがある。遠い先祖が同じだった可能性があるが、その場合でも江戸時代以前には分かれているとされ、現在の民法では親戚とは言えない。
- 1997年の神田正輝との離婚の際に蒲池姓に戻らず、婚氏続称を選んでおり、民法上、離婚後も姓は神田である。理由は、娘神田沙也加の姓が学業の途中から変わることを避け、また娘と同じ苗字にしたいという親心から。しかし神田姓はそのような緊急避難的要因があり、現実には旧姓の蒲池法子との併用がなされているようである。
- 中学生の時はテニス部に所属していた。
- 高校時代(久留米信愛女学院)は、明るく快活な横顔の女の子だった。
- デビューのきっかけとなった高校1年の時の、ミスセブンティーンコンテストの応募理由は、優勝特典が『アメリカ西海岸のディズニーランドにご招待』であり「大好きなミッキーマウスに会える」ということと、全国大会のゲスト審査員が憧れの郷ひろみであったことである。
- 歌手志望を口にし両親を説得するにあたり、母親は最初は半信半疑ながらも仕方なく同意。しかし公務員で厳格な父親は娘の芸能界入りには猛反対であり、父親の説得に約1年半を要した。そのため松田聖子のデビューはアイドルとしてはやや遅い(女優デビューは高校3年時、歌手デビューは高校卒業後)。説得の過程では、聖子の声に惚れ込んだ、当時CBSソニーの若松宗雄氏の多大なる貢献がある。
- 元々デビューのきっかけとなった『ミス・セブンティーン』コンテストは渡辺プロの系列の主催。九州地区で優勝した聖子の情報は当時の渡辺プロの幹部にも行ったものの「O脚が気になる」と聖子をスルー。後にサンミュージックからデビューし、聖子のブレーク時に「なんで、あの子をウチからデビューさせなかったんだ!」と渡辺プロが悔しがったと言う。
- オーデションを受けに来た聖子について、「サンミュージック」の当時の社長、相澤秀禎は田舎から上京してきたたばかりという垢抜けず爽やかでもないという印象を持ち、男性スタッフも同様に興味を持たなかったが、音楽プロデューサーとして信用していた女性スタッフが聖子を熱烈に推したことで「サンミュージック」に入り、デビューすることとなったという<ref name="ninkidukrinohousoku"/>。前述のCBSソニーの若松宗雄氏は、両親の反対を押し切ってまでもデビューさせるということで、面倒見のいい相沢秀禎氏のサンミュージックに預けたかったという。
- デビュー曲「裸足の季節」は資生堂の若年層向け洗顔料「エクボ」のCMソングとして起用されたが、聖子は頬にエクボができないため、CMの映像に出演したのは別のタレント(山田由紀子)だった(相澤社長は松田聖子にビジュアル的な面を期待しておらず、もっぱら歌だけでやっていこうと考えていたためCM出演させなかったと語っている<ref name="ninkidukrinohousoku"/>)。聖子の歌声はCMで頻繁に流れたものの、顔と名前の浸透度が低く、映像に登場した山田と二人で行ったサイン会でも、自分の前には誰も並ばず「あの娘は誰?」という目で見られ悔しい思いをしたと、後に発言している。それから間もなくして聖子の人気が沸騰し、立場は完全に入れ替わった。
- デビュー後の人気沸騰に伴う殺人的スケジュールの影響か、喉を痛めたと見る向きも多い。デビュー直後の数曲は声を張りパワフルに歌い上げているが、1981年あたりからややかすれた声質に変わり、可憐さを強調するようなしっとりとした歌唱になっている。
- 意識して可愛い子ぶるという見方から「ぶりっ子」と評する声もあったが、聖子本人は、ラジオのDJなどでは正反対のサバサバしたくだけた横顔も見せていた。ただしラジオでのサバサバした態度と、テレビでの可愛らしい態度とのギャップが、さらに「ぶりっ子」扱いを呼んだ可能性もある。当時の事務所の社長であった相澤秀禎は今ファンが欲しているものは何かをその場で判断して、それにあった雰囲気作りをする聖子の頭の回転のよさと行動力を評価しており、持ち前の声の良さとプロ根性と共にその「巧妙な自己演出」が松田聖子という歌手を完成させたと語っている<ref name="ninkidukrinohousoku"/>。
- 1980年代には聖子の髪型を真似た「聖子ちゃんカット」が女性の間で大流行した。しかし、彼女自身がこのヘアースタイルにしていたのはデビュー年の1980年から1981年までの2年間だった。その後デビューしたアイドル達(花の82年デビュー組と言われる小泉今日子、松本伊代、早見優…など)も皆この聖子ちゃんカットをしていたが、聖子自身はそんな「聖子ちゃんカット」大流行真っ只中の1982年の年明けとともに髪をばっさりショートカットにしている。このショートカットに関しては男性ファンからは賛否様々だったが、当時発売された「赤いスイートピー」の曲のイメージと突如潔くばっさり切られたショートカットで新たな松田聖子像を作りあげ、ここから女性ファンが更に増えた。それまで女性からは「ぶりっ子」と叩かれることが多く、コンサートでは男性客が9割を占めていた聖子だったが、この頃から女性客が7割近くを占めるようになった。当時聖子がショートカットにしたことでその後追随する後輩アイドルたちもまたこぞってショートカットに変え、今度はアイドルたちにショートカットブームが来ることになる。ちなみに「ソバージュ」とよばれる1980年代後期から1990年代まで世間で広く流行り続けたカーリーヘアーも1983年末、まだ日本では全くそのスタイル名も聞き慣れない頃に、聖子が一早くその髪型でTVに登場して披露、紹介しこのヘアスタイルの名前が一気に広まっていくことになる。84年の秋に映画『カリブ・愛のシンフォニー』撮影用にニューヨークで髪型を変えるまでは、所属事務所近くの四谷『ヘアーディメンション』が行きつけの美容室だった。
- 現在では聖子の代表作の一つとなっている「SWEET MEMORIES」であるが、シングル発売当時は、「ガラスの林檎」のB面で、サントリーのCM曲であった。CM使用部分は英語詞であったし、当初『歌・松田聖子』のテロップ無しだったので「誰が歌ってるのか?」という問い合わせが相次いだ。そして発売から約2ヵ月後にフジテレビ系『夜のヒットスタジオ』でテレビ番組では初めてこの曲をフルコーラスで披露したところ、この曲にもスポットライトが当たるようになり、後に映画の主題歌にも。現在では彼女のファン如何を問わず、「1980年代の邦楽界を代表する名曲」として広く支持されるに至っている。
- 1983年から1984年にかけて、ソニーが発売した独自規格のパソコン「SMC-777」、「SMC-777C」及びMSXパソコン「HB-55」のイメージキャラクターとなり、CMにも登場。
- 近年ではかつてアイドルであった子持ちの女性タレントを示す言葉として頻繁に使用されている「ママドル」という言葉だが、最初に使われ始めたのは聖子が出産して以降の事であり、元々は聖子の事を指し示す言葉であった。今日のママドルは「アイドルだったママ」であり、アイドルとしてのスタンスを保っている訳ではないが、松田聖子の場合は「ママであるアイドル」であり、母になってもアイドル歌手というスタンスを維持し続けた。この点は今日のママドルとは大きく異なる点であり、本当の意味でのママドルは未だに聖子ただ一人と言うこともできるだろう。
- 天使の持つ無垢性、純粋さを好み、コンサートなどでは天使の羽根のついたコスチュームをすることも多い。
- 1990年のアメリカでの歌手デビューのために徹底的に英語を学び、CNNのインタビューその他で堪能な英会話力を示し、また2005年の台湾におけるコンサートなどでは北京語も披露している。
- 1990年代後半は全米デビュー以外にもハリウッドデビューも考えており積極的にオーディションを受け、幾つか端役も得ている。1999年に公開されたキルスティン・ダンスト主演の『わたしが美しくなった100の秘密』という青春コメディーの怪作にて、ストーリーに無関係の冒頭のアジア人家族の娘役として登場。
- 愛知県で放送している質屋のCMに『松田聖子のそっくりさん(その名もまねだ聖子)』が出演している。本人がこのことを知っているかどうかは不明。
- 2003年11月、兄が卒業した久留米大学附設高等学校の同窓会東京支部の総会に私人としてノーギャラで、旧姓の蒲池法子でゲスト出演する。子供の頃から兄とは仲が良い。ちょっといい話
- 2006年5月19日放送の『ぐるぐるナインティナイン』の『ゴチになります!7』にVIPチャレンジャーとして登場し、レギュラー陣を抑えて第1位を獲得。しかもニアピン賞付きで5万円を獲得する快挙を達成。
- 2001年から2005年ごろ娘の神田沙也加との歌番組やバラエティー番組共演が多かったが、2005年以降は自身の旧来ファンである著名人との共演が多くなっている。以下のとおり。
- 『うたばん』で聖子の大ファンだという米良美一と共演。
- 2008年3月10日放送の『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』で聖子の大ファンだという中川翔子と共演。
- 2008年11月10日放送の『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』で聖子の大ファンだというはるな愛と共演。
(出典:Wikipedia)
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