ランキングモンスター
2.略歴
- 4月8日、カトリック系の久留米信愛女学院高等学校に入学する。
- 高校1年の時、「CBSソニー」主催の『ミス・セブンティーンコンテスト』九州地区大会に桜田淳子の「気まぐれヴィーナス」を吹き込んだテープを送り合格し、九州地区大会で優勝。全国大会に進もうとした際に両親に反対され辞退するが、九州地区で優勝した聖子の歌声を聴いて「この子は絶対に売れる」と確信したCBSソニー制作部・若松宗雄にスカウトされる。
- 高校3年の時に「サンミュージックプロダクション」に所属。歌手デビューのため上京し、堀越高等学校に転校。日本テレビ系ドラマ『おだいじに』に「松田聖子」役で出演。この時の役名が親しみやすいとしてその後の芸名となる<ref name="ninkidukrinohousoku">相澤秀禎 『人気づくりの法則』(東洋経済新報社 1988年4月23日) ISBN 978-4492553091 </ref>。
- 1月からニッポン放送『ザ・パンチ・パンチ・パンチ』にDJとしてレギュラー出演。
- 3月 堀越高等学校卒業。NHK「レッツゴーヤング」にサンデーズのメンバーとしてレギュラー出演。
- 4月1日、「裸足の季節」で歌手デビュー。デビュー当時のキャッチフレーズ(※特に1980年代の女性アイドルには、必ずといっていいほどキャッチフレーズが付いていた)は、「抱きしめたい! ミス・ソニー」。
- 女性アイドルとして、多数の新人賞を獲得。また「聖子ちゃんカット」と呼ばれる独特のヘアスタイルが全国の女の子の間で大流行した。「ブロマイド」の年間売上でトップに輝く。
- 4月28日、「裸足の季節」で、フジテレビ「夜のヒットスタジオ」に初登場。この番組でデビュー1ヶ月以内に新人が初登場を果たしたケースは少なく新人にとりこの番組に出演することは「歌手としての第一のステータス」と見なされていたが、このデビュー曲が後述のように提供スポンサー・資生堂のCMソングであったこと、所属事務所が当時番組常連歌手(桜田淳子、都はるみら)を多く擁していたサン・ミュージックであったこと、また歌手として将来性の高さ(初登場時、山口百恵引退後のアイドル界を背負って立つ人材との期待の下に「ポスト百恵」という位置づけで紹介された)を総合勘案して、デビューから28日目という早さでの初登場となった。ちなみに同番組への初登場例としては、番組と強いパイプを持っていたバーニングプロダクションの石野真子がデビューからたった2日目で登場した例(1978年3月27日放送)がある。
- 7月3日、「裸足の季節」で、TBS『ザ・ベストテン』の「スポットライト」コーナーに初登場(11位)。
- 8月14日、「青い珊瑚礁」で、TBS「ザ・ベストテン」に初ランクイン(8位)。
- 9月18日、「青い珊瑚礁」で、TBS「ザ・ベストテン」の第一位を初めて獲得。
- 11月17日、「SWEET MEMORIES」(9位、6796点)と「瞳はダイアモンド」(2位、8199点)が、TBS「ザ・ベストテン」で番組史上初となる「二曲同時初登場」を記録。
- 父親が公務員を定年退職したことを機に両親を九州から呼び、以降、両親と共に暮らす。神田正輝と結婚するまでは東京都目黒区東が丘の一軒家で、この家の門は、代表作のひとつである「青い珊瑚礁」の手出し『あ〜私の恋は〜』の五線譜で飾られていた。
- 『ドレミファドン』のアンケートで、若い男性にとっては「結婚したい女性」のNo.1となる。
- 1月、交際を公にしていた歌手・郷ひろみと破局。その5ヶ月後の6月24日、映画『カリブ・愛のシンフォニー』(メキシコロケ)で共演した神田正輝と東京都目黒区サレジオ教会で結婚。二人の結婚は、世紀の結婚をもじって「聖輝の結婚」と呼ばれた。結婚式・披露宴の独占放送権を獲得したテレビ朝日は、約10時間にわたりこの模様を放送。ゴールデンタイムの平均視聴率は34.9%(ビデオリサーチ・関東地区)を記録した。
- 10月1日、後にSAYAKAとして歌手デビューする長女・沙也加を東京・飯田橋の東京逓信病院で出産。結婚・出産を経てもアイドル人気は衰えず、“ママになったアイドル”という意味の「ママドル」と呼ばれる。
- 2月14日、東京都目黒区の自由が丘に現在も営業中のブティック「フローレス・セイコ」をオープン。「フローレス (Flawless) 」とは "(宝石が) 傷のない、完璧な" という意味で、ダイヤモンドの最高級を表す。
- サンミュージックから独立し、個人オフィスの「ファンティック」を設立。
- 1985年頃から明らかにしていた米国進出のため、全米デビューアルバム『Seiko』を発売。米国での歌手活動のため、しばらくニューヨークに住む。元恋人を名乗るアメリカ人による暴露本が出版され、便乗本や報道が相次ぐこととなる。スキャンダル報道を通じて、「永遠の少女」とは異なる「大人の女」のイメージも定着していく。
- 再び全米進出を目指すため、デビュー以来所属したソニーレコードを離れ、「ユニバーサルミュージック」に移籍する。
- 5月には米誌「BIKINI」でセミ・ヌードを披露。
- 日本での移籍第1弾シングル「あなたに逢いたくて〜Missing You〜」が8年ぶりのオリコンシングルチャート1位、売り上げ110万枚とであった。
- 5月に6歳年下の歯科医と交際2か月で結婚。会った瞬間「ビビビッと来た」というコメントが流行語になる。
- 9月にかつての恋人で劇的な別れをした郷ひろみとのデュエット曲「True Love Story」の話があり受諾、発表し世間の度肝を抜く。12月に歯科医と離婚。
- ソニー・ミュージックエンタテインメントに復帰。
- この年から2003年まで、大阪城ホールにおいて年末のカウントダウン・ライブを行う。BS中継もされた。
- 約3年ぶりのオリジナルアルバム『Sunshine』が、7月21日付のオリコンアルバムチャートで初登場6位を獲得。アルバムトップテン入りは通算39作目となり、女性アーティストでは松任谷由実に並ぶ歴代1位に輝いた(その後松任谷由実が記録を更新したため現在は歴代2位)。
- 10年ぶりに出演(障害児童の母親役)したテレビ・ドラマ『たったひとつのたからもの』(日本テレビ)が関東地区で平均30.1%、関西地区で平均23.6%(ビデオリサーチ調べ)という高視聴率となる。
- 6月5日のさいたまスーパーアリーナを初日に、歌手活動25周年にあたる全国ツァー『fairy』を開始。台湾のファンからの強い要請に応えて、8月20日、最終公演を台湾の新荘市で行う。5000人の観客から熱烈に歓迎され、中国語でも歌った。
- 7月31日付オリコン・アルバムチャートで10万円の74枚組CDボックス『Seiko Matsuda』を96位にランクインさせた。ちなみにこのボックス・セットは週間売り上げ金額で2億1500万円を記録し、2位の『Beautiful Song -ココロ デ キク ウタ-』(9300万円)を2倍以上引き離していた。また、これまで、アルバムでチャートイン(トップ300)した最高額作品は、1989年8月の美空ひばりの6万円の35枚組『今日の我に明日は勝つ』(9位)だったが、松田聖子はこの記録を16年11ヶ月ぶりに更新したのである。その後、当初の発売予定の1万セットを完売し、売り上げだけで約10億円となる。
- 松田聖子を取り上げたドキュメンタリー『松田聖子〜女性の時代の物語』(NHK総合)が放映される。視聴率は9.3%(ただし同放送の平均視聴率は5〜6%前後とされる:ビデオリサーチ調べ)だった。3月、歌手活動について古巣の「サンミュージック」と業務提携契約を締結。
- 11月20日、沖縄で24年ぶりの公演(ディナーショー)。
- 6月ユニバーサルミュージックに再移籍することを発表。
(出典:Wikipedia)