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新幹線-JR発足から現在までの流れについて調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
8.新幹線の歴史
8.2.開業以後
JR発足から現在までの流れ

国鉄の分割・民営化後、東北・上越新幹線はJR東日本、東海道新幹線はJR東海、山陽新幹線はJR西日本の運営とされたが、当初設備は第3種鉄道事業者の「新幹線保有機構」が保有し、各会社が第2種鉄道事業者として路線を借り受けて運営する形とした。新幹線の保守費用は各社が負担し、新幹線保有機構は設備の貸し代だけを受け取るもので、利益の出る新幹線事業によって赤字となる他地域JR会社への補填を行うのが目的であった。

しかし、前記JR3社の経営が安定化して、東京証券取引所などへの上場が視野に入ると、輸送量に応じて貸し賃が変わるこの制度のままでは会社の営業努力が反映されないことや、各社の資産・債務の額が確定できないことなどが問題視され、結局1991年に制度を変更し、各鉄道会社が新幹線資産を新幹線保有機構を改編した鉄道整備基金から60年賦で買い取ることにした。

分割・民営化後、技術・営業面で停滞していた新幹線も新型車両の登場、新形態など積極的な流れが見られるようになった。

後者の代表として、JR東日本は新幹線規格(フル規格)の線路を新規に建設することなく、既存の在来線を改良し、専用の車両を新造したうえで、新幹線と在来線が直通運転できるようにしたミニ新幹線を整備した。

1992年400系を新造し、山形新幹線として奥羽本線福島駅 - 山形駅が、1997年E3系を新造し、秋田新幹線として田沢湖線・奥羽本線の盛岡駅 - 秋田駅が、1999年E3系1000番台を増備し、山形新幹線の延伸として奥羽本線の山形駅 - 新庄駅が、それぞれ順次営業運転を開始した。

JR西日本は山陽新幹線博多総合車両所への車庫線を旅客線化し、1990年博多南線として博多駅 - 博多南駅を、こだま号に使用される車両を用いる在来線特急という形態で営業運転を開始した。

また最高速度は210km/hの時代が長く続いたが、国鉄末期頃(→1985年3月14日国鉄ダイヤ改正1986年11月1日国鉄ダイヤ改正も参照)から次第に向上されるようになり、2008年現在では東海道新幹線で270km/h、東北新幹線区間で275km/h、山陽新幹線区間で300km/hに至っている。また時速アップ以外にも、停車駅での停車時間の短縮や、停車駅間の速度を出来るだけ高速度で維持するなどして、僅かな分単位ながら主要駅間の時間短縮を図る工夫もされている。

国鉄末期に建設が凍結されていた整備新幹線は工事が再開され、東北新幹線(盛岡 - 八戸・2002年)・北陸新幹線長野新幹線・1997年)・九州新幹線(新八代 - 鹿児島中央・2004年)が部分開業し、残った区間や未開業の北海道新幹線なども工事が次第に進みつつある。

また20世紀末以降、新幹線による通勤通学が増加しつつある。これは、いわゆるバブル以降の大都市における地価の高騰で、新幹線で通勤・通学が可能な郊外(主に東京への通勤・通学を目的に栃木県群馬県静岡県東部が多い)の住宅に住む人が増えたためである。1983年2月の新幹線定期乗車券販売開始をきっかけに、新幹線通勤定期券を支給する企業の増加、さらに企業が支給する通勤定期券代の所得税非課税限度額の引き上げがそれに輪をかけた。朝・夕の新幹線においては通勤客で混雑が激しくなり、通勤客向けのダイヤも設定されるようになった。これに対応してJR東日本ではMaxという多座席型の2階建車両を投入し、1列車あたりの定員を大幅に増やした。

(出典:Wikipedia)

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