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8.干支にかかわる伝承や俗信
8.4.丙午
陰陽五行説によれば、丙も午もともに剛強なる陽であって火の性格をもち、中国ではその年は火災が多いなどといわれていた。
それが日本では、八百屋お七が丙午の年(寛文6年(1666年))生まれだという風説があった<ref>実際は寛文8年(1668年)生まれだった可能性が高い。</ref>ところから、丙午の年に生まれた女性は気性が激しく、夫の運勢を圧倒して連れ合いを短命にするという俗信に変化した<ref>文化7年(1810年)『燕石雑志』に「丙午の女は必ず男を食えると世に伝えし」とある。</ref>。しかし、これは男性中心主義の見方であり、迷信俗説に類するものであるが、日本では丙午年の出産が避けられて、新生児の数が他の干支の年よりも少なかったりする(最近では1966年(昭和41年)。その反動もあり、翌年の丁未の年は新生児の数が例年よりも増える)。なお同様に火の重なる丁巳(ひのとみ)だが、これは八専の一つである。
(出典:Wikipedia)