ランキングモンスター
8.干支にかかわる伝承や俗信
8.2.辛酉革命、甲子革令
中国漢代緯書にみえる予言説(讖緯)である。中国よりもむしろ日本で信じられた。
辛酉は天命が改まる年とされ、王朝が交代する革命の年で辛酉革命という。日本では、平安時代に政治的変革が起るのを防ぐ目的で、三善清行の提唱によって、辛酉年の昌泰4年(901年)が「延喜」と改元された。それ以来、日本では明治に至るまで、辛酉年と前年の庚申年の2年続きで改元が行われてきたが、中国ではこのような改元例はない。
また、『日本書紀』では、神武天皇が即位したとする年を西暦紀元前660年の辛酉の年にあてている。これについて、明治時代の歴史学者那珂通世は、『緯書』にある鄭玄の注に、1260年に一度(干支一周の60年(1元)×21元=1260年=1蔀)の辛酉年には大革命が起こるとの記述があることから、推古天皇9年(601年)がその年に当たり、この1260年前にあたる西暦紀元前660年を即位年にあてたとの説を立てた。また、1320年(60年×22回=1320年)周期説を採用する学者もあり、その場合、辛酉の3年後にあたる甲子年が革令(甲子革令)の年であり、白村江の戦いの翌年の甲子年(西暦664年)が基点とされる。
甲子革命については、中国でも、後漢末に太平道の教祖張角は光和3年(180年)に「蒼天已死 黄天當立 歳在甲子 天下大吉(蒼天(漢朝)已に死す 黄天(黄巾党)當に立つべし 歳は「甲子」に在り 天下大吉)」とのスローガンを発しており、干支にもとづく易姓革命を意識して光和7年(184年)という甲子の年に黄巾の乱をおこした史実がある。
(出典:Wikipedia)
ランキングモンスタートップ>干支>辛酉革命、甲子革令