四国は、畿内から南西側に位置しており、海路で移動するために、五畿七道では南紀や淡路島と一緒に南海道に含まれていた。近畿・九州航路の要所であった四国の西北部に位置する伊予国の道後温泉などは、舒明天皇や斉明天皇の入浴記録(日本書紀)があるほか、山部赤人・額田王の来浴記録(万葉集)もあるなど、古くから栄えていたと思われる。