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2.沿革
- 江戸時代以前は、汐留は江戸湾(東京湾)海辺の湿地帯であった。
- 慶長8年(1603年)以後、徳川家康が発令した天下普請(諸大名の財力を用いた、奉仕による城下町建設事業)によって汐留の埋立地が完成する。「汐留」の名は、江戸城外堀に潮の干満が及ばないよう海と堀とを仕切る堰があったため、この地域が潮溜りとなっていたことに由来する。これ以降汐留には木材・薪などの商人が集まって住むようになり、三角屋敷という商人たちの屋敷ができる。また、周辺には武家屋敷などが並ぶようになる。
- 享保9年(1724年)、三角屋敷の地が町として独立し、汐留三角屋敷となる。
- 明治元年(1868年)、東京府成立にともない東京府に所属し、東京府汐留三角屋敷となる。
- 明治2年(1869年)、汐留三角屋敷に周辺の芝口新町などを併合し、汐留町が成立する。
- 明治5年(1872年)、日本初の鉄道の起点である新橋駅(のちの汐留貨物駅)が開業する。また、汐留町に周辺の武家地・鉄道用地などを編入し、新たに汐留町一丁目・二丁目が成立する。
- 明治11年(1878年)、芝区の成立にともない、汐留町は芝区に所属し、東京府芝区汐留町となる。
- 明治22年(1889年)、東京市の成立にともない、東京市芝区汐留町となる。
- 大正3年(1914年)、東京駅の開設により、新橋駅が旅客営業を廃止し、新たに汐留貨物駅として開業する。同時に烏森駅が新橋駅に改称する。
- 大正12年(1923年)9月1日、関東大震災により汐留駅が消失し、隣接する新橋地区とともに焦土と化す。
- 昭和7年(1932年)12月1日、関東大震災後の復興のための町名整理が行われ、汐留町に周辺地域を編入し、新たに芝区汐留が成立する。
- 昭和22年(1947年)、芝区が赤坂区・麻布区と合併して新たに港区が成立する。それにともない町名に「芝」の冠称がつき、東京都港区芝汐留となる。
- 昭和40年(1965年)7月1日、住居表示の実施にともない、芝汐留に芝新橋一~六丁目の第一京浜(国道15号)より東側の地域を編入し、新たに東新橋一~二丁目となる。これによって汐留の名が地名より消える。
- 昭和61年(1986年)11月1日、国鉄汐留貨物駅が廃止される。駅跡地は再開発されるまでの一時期、東京ルーフやパックスシアター・サイカなどのイベント会場として使用された。
- 平成7年(1995年)、東京都の都市基盤整備と民間のプロジェクトにより、汐留貨物駅跡地の再開発がはじまる。その際、旧新橋駅の遺構や、旧新橋駅を建てる際に利用された江戸時代の仙台藩上屋敷跡の遺跡などが発掘される。
- 平成14年(2002年)、再開発地区としての区画整理が終了し、汐留シオサイトという愛称がつく。都営地下鉄大江戸線・ゆりかもめ汐留駅が開業する。
- 平成15年(2003年)、電通ビル、日本テレビタワー、汐留シティセンターなど主要ビルが竣工し、各社が移転する。カレッタ汐留が開業。
- 平成16年(2004年)、汐留住友ビルが竣工し、ホテルヴィラフォンテーヌ汐留が開業する。
- 平成17年(2005年)、東京汐留ビルディングが竣工し、コンラッド東京が開業する。
- 平成18年(2006年)、汐留芝離宮ビルが竣工する。
- 平成19年(2007年)、汐留ビルディングが竣工する。
- 平成20年(2008年)、汐留ビルディング1・2階の商業ゾーン、「HAMASITE Gurume」が開業する。
(出典:Wikipedia)