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3.背景
3.1.オーストリア=ハンガリー帝国と東方問題
1867年、アウスグライヒによりオーストリア=ハンガリー帝国が誕生した。ハプスブルク家の家長はオーストリア皇帝とハンガリー王を兼任し、ハンガリーは軍事・外交・財政を除く広範な自治権を得た。しかしこの大規模な改革によってすら、帝国内の複雑な民族問題が解決されるには至らなかった。当時の帝国内には9言語を話す16の主要な民族グループ、および5つの主な宗教が混在していた。
帝国の最大の関心は東方問題にあった。帝国各地で台頭するスラヴ人の民族主義運動は、帝国政府を主導するドイツ人とマジャール人にとって悩みの種だった。1912年から1913年にかけて行われたバルカン戦争の結果、隣国のスラブ人国家であるセルビアの領土が約2倍に拡張され、帝国は国内のスラブ民族運動を警戒する必要に迫られた。一方でセルビア人民族主義者は、帝国南部は南スラブ連合国家に吸収されるべきだと考えていた。この冒険的民族主義に対して、自らスラブ人の守護者を任ずるロシアは一定の支持を与えていた。オーストリア政府は、スラブ人民族主義運動が他の民族グループへと伝播し、さらにロシアが介入する事態を危惧していた。
(出典:Wikipedia)
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