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北大阪電気鉄道-新京阪帰属後の変遷について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
1.概要
1.4.新京阪帰属後の変遷

新京阪鉄道は買収後、予定通り1925年(大正14年)10月15日に天神橋駅(現天神橋筋六丁目駅)-淡路駅間、1928年(昭和3年)1月16日に淡路駅-高槻町駅(現高槻市駅)間、同年11月1日に高槻町駅-京都西院駅(現西院駅)間を開業させ、第二京阪線を実現させた。

しかし、折しも昭和恐慌の影響で京阪グループ自体の経営が危うくなり、新京阪鉄道は沿線人口が希薄であったことから、特に悲惨な状況に陥った。京阪電気鉄道は再編のため新京阪鉄道を買収することを決定、1930年(昭和5年)9月15日に実施した。これにより、天神橋駅-京都西院駅間は本線と扱われ新京阪線、十三駅-淡路駅間は十三線、淡路駅-千里山駅間は千里山線と呼ばれるようになった。

その後、1943年(昭和18年)10月1日には阪神急行電鉄と京阪電気鉄道が戦時輸送の合理化を図る目的のため統合されて京阪神急行電鉄となる。戦後1949年(昭和24年)に京阪電気鉄道が分離するが、その際に旧新京阪鉄道の路線は阪急に存置され、天神橋駅-阪急京都駅(現大宮駅)(1931年開業)間は京都本線と呼ばれるようになった。

そして1959年(昭和34年)2月18日阪急宝塚本線梅田駅-十三駅間の方向別複々線化が完成し、それまで宝塚本線・十三線経由で梅田駅への乗り入れを図ってきた京都本線の列車(千里山線列車の一部も)は、本格的にこの線路を用いて天神橋駅に代わり、梅田駅をターミナルとするようになった。そのため、このとき再び線名の改定が行われ、十三駅-阪急京都駅間が京都本線、天神橋駅-千里山駅間が千里山線となった。その後、1967年(昭和42年)の北千里駅までの延伸時に、千里山線は千里線と改称して現在に至っている。

なお、1967年(昭和42年)に設立され1970年(昭和45年)に開業した北大阪急行電鉄は、北大阪電気鉄道の路線を引き継いだ阪急(当時は京阪神急行電鉄)が設立した子会社で、その路線である南北線も阪急千里線と並行するように敷かれている。

(出典:Wikipedia)

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