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1.概要
1.3.新京阪鉄道による買収
一方、北大阪電気鉄道が設立された頃に、京阪電気鉄道は自社線防衛という目的も兼ね、淀川西岸を通り東海道本線と並行する、第二京阪線の免許を取得した。
同社は当初、梅田に既存の京阪本線と共同のターミナル駅を設け、そこを起点とする形で第二京阪線の工事を行おうとしていた(→京阪梅田線 を参照)が、予算の問題もあって当面は実現できないと考え、暫定的な大阪側のターミナル駅を模索していた。
そんな中、北大阪電気鉄道が保有していながらも着工できなかった、淡路より南下して天六に至る路線免許に目をつけた。京阪が新線を建設するために設立した新京阪鉄道へ北大阪電気鉄道の免許を譲渡させ、第二京阪線の起点は淡路とし、免許を活用して大阪市街への乗り入れを図るという計画であった。
京阪は北大阪電気鉄道の株の過半数を抑え、実権を掌握、1923年(大正12年)4月1日にその事業と免許を新京阪鉄道に譲渡した。同社はこのとき、不動産事業だけを残して京阪土地と改称し、1928年(昭和3年)3月には京阪電気鉄道へ合併されている。
(出典:Wikipedia)
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