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2.明治維新の太政官
2.2.明治維新政府の官制
明治8年の官制
1875年(明治8年)1月、参議の大久保利通と伊藤博文は、征韓論などをめぐって辞職した木戸孝允と板垣退助に対し、参議に復職することを求めた(大阪会議)。同年2月に至り、立憲体制へ漸次的に移行することで一致し、二人の復帰が決まった。同年4月14日には、立憲政體ノ詔書(太政官布告第58号)を発して、行政を担当する太政官・正院、立法を担当する元老院・地方官会議、司法を担当する大審院を置く三権分立制の基礎を形作った。この体制は、1885年(明治18年)に内閣制度が発足するまで続いた。
(出典:Wikipedia)
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