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4.死刑存廃問題の議論
4.4.存廃論の論点に対する議論
被害者遺族に対するケアとして
- マスコミ報道の中にも、殺人犯に死刑判決を出すのが正義だとする応報的論調の主張もあり、検察側が死刑を求刑した事に対し、裁判所が統合失調症の影響による心神耗弱を事実認定し無期懲役に減刑した滋賀県長浜市園児殺害事件の報道では、被告人が死刑にならなかった事に対し被害者遺族が無念であると報道した新聞社<ref>産経新聞 2007年10月17日朝刊</ref>もあった。これには、精神分析の精度が現在の技術では十分に信頼できない、との一部の見方も影響している。ただし、実際に精神鑑定を量刑言い渡しにどのように反映させるかは、裁判官の裁量のうちであり、実際に精神鑑定に関わらず厳罰<ref>新宿・渋谷エリートバラバラ殺人事件では、精神鑑定で心神耗弱であったことが認定されながら懲役15年(求刑20年)が一審で言い渡されている</ref>にしたり、その反対の結果もある。
- 一方、死刑廃止論者は、殺人事件を引き起こした被告人のうち、死刑判決が確定する被告人が実際には少ない(日本国内では毎年1000人前後が殺害され800人前後が殺人罪で検挙されているが、年によって上下するが十数人程度しか死刑が確定しない)ことから、現制度では殺人被害者の遺族のうち、死刑存置論者が主張する死刑による感情回復ができないのはおろか、加害者の贖罪すら受けることの出来る者が少ないと批判している。また死刑囚を遺族が赦した場合<ref>実際に1980年代に起きた名古屋保険金殺人事件では従犯も死刑になったが、遺族が従犯については死刑を執行しないようにと運動した例があり、結局主犯とともに死刑が執行された</ref>でも死刑は執行されており、これは被害者遺族の感情を回復するどころか傷つけているのではないか、という批判がある。なお被害者遺族の中には生きて罪を償わせることを望む者もおり、被害者遺族全てが加害者に対し極刑を望んでいるわけではない。
- 他方被害者遺族は、犯罪被害者の被害として、家族を殺害されたという直接的被害にとどまらず、報道機関や司法関係者などから心無い干渉を受けたり、逆に国や社会から見離され孤立化することで二次的被害が受けることが多い事から、被害感情を一層つのらせることになり、加害者である犯人に対し極刑を求める感情が生じているとも云われる。そこで、犯罪者を死刑にすれば犯罪被害者遺族の問題が全て解決するわけではないとして、死刑存置だけでなく犯罪被害者遺族に対する司法的対策を充実すべきであり、そのことが被害者遺族の報復感情と復讐心を緩和させるとの主張<ref>日本弁護士連合会『死刑執行停止を求める』日本評論社、45頁</ref>もある。
- 犯罪被害者救済のために犯罪者に対する附帯私訴の復活を主張する作家で弁護士の中嶋博行は、著書<ref>『罪と罰、だが償いはどこに?』、新潮社、2004年9月。ISBN 978-4-10-470301-2 190~191頁</ref>のなかで、国が被害者遺族に給付金を与える制度があるが、これらの予算は税金であるので犯罪者に償いをさせるべきであり、死刑相当の凶悪犯は死ぬまで働かせて損害賠償をさせるべきだと主張している。
- 被害者遺族の応報感情のために死刑制度は必要だと主張する藤井誠二は、『少年に奪われた人生―犯罪被害者遺族の闘い』のなかで「被害者遺族が死刑を望む理由はそれによって応報感情を埋め、新しい人生を生きるための「区切り」にするためである。「加害者がこの世にいないと思うだけで、前向きに生きる力がわいてくる」という遺族の言葉を私は聞いたことがある。被害者遺族にとっての「償い」が加害者の「死」であると言い換えることだってできるのだ。私(藤井)はそう考えている」「加害者の死は被害者遺族にとっては償いである」と主張している。ただし、この藤井の事件被害者への一方的な肯定論に立った言論に対する批判も少なくない。また、被害者と加害者の家族が一緒の家庭内の殺人(かつて特に尊属殺は厳罰<ref>旧刑法200条の尊属殺重罰規定(1997年廃止)</ref>になった)の場合については対応できていないといえる。
- なお、アメリカ合衆国連邦最高裁が「被害者感情は客観的に証明できるものではない、よって死刑の理由にするのは憲法違反」との判決を出している。またアメリカ合衆国には殺人被害者遺族による死刑制度賛成団体もあるが、反対に「和解のための殺人被害者遺族の会」(Murder Victims' Families for Reconcliation)という死刑制度廃止運動を行っている団体もあるという。
(出典:Wikipedia)
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