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4.エピソード
4.2.近畿以外の地域での全国大会開催
1924年の第1回大会だけ名古屋市山本=八事球場で開いた理由として、当時、夏の大会では関西近郊学校が8回中8回とも決勝に進出し、優勝は8回中5回だったため、主催者の毎日新聞社は「夏の大会(全国中等学校優勝野球大会)で関西近郊の学校が優勝確率の高いのは開催地の風土に関係するかを試すこと」と「東海地方の野球ファン拡大につなげるため」の2点を挙げていた。なお、開催地の風土に関しては、本大会では代表校8校中3校だった関西近郊の学校は、2校が初戦敗退、1校が2回戦敗退という結果になっている。
主催者の毎日新聞社は毎年開催地を変えて、全国各地で開催する構想だったが、翌年の第2回大会以後は高校野球(当時は中学野球)の聖地として知られる甲子園球場での開催に定着するようになり、近畿地域以外での全国大会開催は国体、明治神宮大会を除くと春・夏を通してこれが最初で最後となっている。夏の大会における甲子園以外の開催は、豊中球場、鳴尾球場、阪急西宮球場があるが、いずれも近畿地域の開催である。
(出典:Wikipedia)
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