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3.中国国民党独裁体制下の台湾独立運動
3.2.後期
他にも、日本では許世楷や黄昭堂、金美齢および夫の周英明、日本人では宗像隆幸らが中心に活動し、台湾独立を主張した雑誌『台湾青年』をはじめとする諸著作の出版や中華民国政府による人権抑圧や、中華民国政府に好意的な日本政府に対する抗議デモ、また当時台湾で軟禁状態だった彭明敏亡命の支援など積極的に台湾独立運動が行われた。この時期に出版された諸著作は台湾独立運動の法学・歴史学上の基礎となっている。
こうした日本の活動参加者やアメリカへの留学生などにより、台湾独立建国連盟が設立された。その後、アメリカが台湾独立運動の中心となった。これは日本語を常用していた学生が年月の経過により減少したことや、中華民国政府の対米影響力が減少した事が背景にある。彭明敏や黄文雄など、日本語能力を持つ者も、アメリカに滞在している。
ちなみに、後の台湾の民主化によって台湾独立運動は一気に加速するが、台湾の民主化は、主に国民党に入党した李登輝ら台湾人(許國雄の項参照)の手によって推進された。李登輝は、国民党による大陸との統一路線である「反攻大陸」のスローガンを破棄し、「二国論」を展開。大陸は中華人民共和国が有効に支配し、台湾にはこれとは別の国家である中華民国が存在すると主張した(中華民国在台湾)。李登輝は更にこの主張を前進させ、「台湾中華民国」という呼称を提唱、国民党総裁を離職してからは、「台湾団結連盟」(後述)という「台湾」と名の付く初めての政党を結成した。現在は台湾正名運動に取り組んでいる。
(出典:Wikipedia)