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2.歴史
2.3.廃藩置県以降
宮崎県再置
1883年5月9日、日向国のうち志布志郷・松山郷・大崎郷を除いた地域をもって宮崎県が置県されたが、このことを特に宮崎県再置<ref>『宮崎県大百科事典』(宮崎日日新聞社、1983年)など。</ref>という。なお、同日に富山県・佐賀県も再置されている。
分県運動は「鹿児島県所属のままでは、日向国の発展は望まれない」との認識を背景に興り、1880年に徳島県が高知県から分離したことで活発になる。旧薩摩藩領であった都城が「表立っての賛成はできないが、運動には反対しない」との立場を採ったことは、分県運動を進める上でプラスに働くこととなった。
1882年に宮崎県再置の案が鹿児島県会に提出されたがこのときは否決。川越進が県議長となった後、1883年3月の県議会で再度案は提出され可決し、5月9日に太政官達示により宮崎県再置が成立した<ref>県議会のあゆみ 鹿児島県議会公式ウェブサイト内。</ref>。
江戸時代の日向国は複数の藩(延岡藩・高鍋藩・飫肥藩・薩摩藩・佐土原藩)が分立していた。このため住民の「日向国」としての意識は従来希薄であり、分県運動は日向国として一体となって行動した初めての出来事でもあった。
(出典:Wikipedia)
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