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12.運航機材
12.8.過去の運航機材
旅客・貨物用
- マーチン2-0-2
- ノースウェスト航空からのリース、委託運航終了後にすべて返却された。
- ダグラスDC-3
- フィリピン航空からのリース。
- ダグラスDC-4B
- 当時すでに生産は終了していたものの信頼性が高いこともあり、1952年10月25日からの自主運航開始後も買い増しを進め、最終的に6機を購入し当初は国内線と国際線の、DC-6導入後は国内線の主力機として黎明期の日本航空を支えた。貨物機にも転用され1963年4月1日に全機が退役し海外に売却された。<ref>「クラシックエアライナーインジャパン」イカロス出版 2005年 ISBN 4871497240</ref>。
- デ・ハビランド DH.114 ヘロン
- ローカル線の旅客便で使用するため購入したが、ローカル線の運航が禁止されたため乗員訓練のみに使用しその後日本ヘリコプター(後の全日空)へ転売し、旅客用として使用された。
- ダグラスDC-6B
- ダグラスDC-7C
- DC-6Bの後継機として導入され、「セブンシーズ」の愛称で呼ばれた。 1957年12月23日に初号機の「City of San Francisco」(JA6301)を受領、翌1958年2月12日より太平洋横断路線である東京=サンフランシスコ線に就航した。同機は座席に龍村特製の織物を使用するなど日本製の文化財級素材を用い、また後部ラウンジは茶室風にアレンジされ障子を入れるなど日本風のデザインが奢られた。DC-8の導入が進んだことや、長距離専用機材として設計されたことから小回りが効かないためもあり、DC-6Bよりも4年早い1965年10月31日に全機が退役した。
- ダグラスDC-8-32/-53/-55/-61/-62
- 日本航空初のジェット機として1960年7月22日に-32型(JA8001・愛称「FUJI」)受領した。同機は「空飛ぶホテル」をコンセプトに、前田青邨によるファーストクラスラウンジの装飾画など機内を日本風の内装で統一し、また、ハイテンプオーブンを導入し機内食サービスの充実を図るなど、スピードだけでなく機内サービスの質も格段に向上させていた。国内線から長距離国際線まで幅広く使用され、計58機(リース含む)が導入された。貨物機として使用された他、日本アジア航空でも使用され、1987年末を持って退役した。
- ボーイング727-100
- 国内線と近距離国際線を中心に使用されたが、キャパシティの小ささから1980年代中盤以降には2機のみの陣容に減らされ、1987年に退役した。
- 日本航空機製造YS-11
- 日本国内航空からのリース。
- コンベア880
- 中短距離国際線用機材として導入されたが、日本発の国内線ジェット機や南回りヨーロッパ線などでも使用された。しかし中途半端なキャパシティや信頼性の低さから導入後10年も経たない1970年に退役した。
- ボーイング 747-100B
- 日本の土を最初に踏んだ747の型式。意外にもこの歴史的一歩を踏み出したのは1号機(JA8101)ではなく2号機(JA8102)であった。
- 日本航空がローンチカスタマーとなった国内線仕様及び近距離国際線機。ボーイング社の修理ミスにより歴史に残る大惨事となった日本航空123便墜落事故の事故機(機体記号:JA8119)の型式である。事故後、他の同社SRは引退を強いられる形で売却となり、スペース・シャトル輸送航空機(機体記号:JA8117)、ボーイング社の金属疲労試験(機体記号:JA8118)等と第二の人生を歩んでいる。
- 世界でも日本航空が2機(JA8170、JA8176)発注しただけという希少機。300型の機体に100型のエンジンを装備する。2006年10月31日、那覇発羽田行JL1926便を最後に引退した。なお、このときの使用機はJA8170で1994年から1年間は初代「ドリームエクスプレス」、1999年には「GLAY JUMBO」が施された2度の特別塗装経験機である。
- 保有機のうちの1機(JA8150)は日本最後のショートアッパーデッキの旅客型747となる。2007年10月31日に金浦-羽田線8834便を最後に引退した。この引退により、同型を始めとしたショートアッパーデッキの旅客型747は日本での37年間の運航に幕を閉じた。
- 1976年から-40型を導入し、国際線の他センターギアをはずして国内幹線に使用した。日本航空の子会社のJALウェイズや日本アジア航空でも一時期使用されたが、2005年10月31日をもって全機退役した。この型の引退により、日本の航空会社の所有機から3発エンジン旅客機が完全に姿を消した。
- (ノースウエスト航空への納入機材を-20と考えると、-40としては日本航空がローンチカスタマー。他にアメリカトランス航空がごく少量購入したが、-40を導入したのはほぼ日本航空のみ。ATAの機材はノースウエスト航空に売却された)。現在は一部がアエロフロート・ロシア航空へ売却され、その高いエンジンパワーを生かして貨物機として使用されている。
- マクドネル・ダグラスMD-11
- 日本航空では10年ほどの活躍でDC-10より後に導入されながら先に引退した短命な機体。2004年10月12日、香港-成田線730便を最後に引退。このときの使用機は同社所有機の中で唯一のサンアーク塗装であったJA8582であった。鶴丸塗装時代のニックネームは「J-Bird」。最盛期には10機が導入され、退役後は全機がUPSに売却され貨物機に転用された。この時売却されたMD-11は、現在も貨物機としてUPSで活躍中である。
- エアバスA300B2/B4(旧日本エアシステム→日本航空ジャパン機)
- ボーイング737-400
- 「フラワージェット」の愛称があり、機体ごとに花の愛称があった。全機体がJALエクスプレスに移管。
- なお、1978年には当時の南西航空から導入間もない737-200(JA8443)を夏季の約3か月間ウェットリースしたことがある。
- 旧日本エアシステムから引き継いだ機材。退役時点で日本航空インターナショナルが保有していた機材の中では最小(134席仕様)であり、従来のMD-80シリーズの航空機と比べ胴体が大幅に短縮されたことにより、離着陸性能が向上したことから、比較的滑走路の短い路線で活躍してきた。しかし経営再建を進める中で、原油価格の高騰の中で1座席当たりの運航コストが相対的に高いことから先輩機のMD-81よりも早く全機退役させる事が決まった。2007年7月に1機がオリエント・タイ航空へ売却されたのを皮切りに、最後の1機も2008年3月31日の南紀白浜-羽田線1386便を最後に退役した<ref>「月刊エアライン」2008年4月号 イカロス出版社</ref>。
なお、日本航空が発注したボーイング社製航空機の顧客番号(カスタマーコード)は46で、航空機の形式名は747-446, 747-446D, 767-346, 777-246, 777-346ER などとなる。
(出典:Wikipedia)
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