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その後2000年代入ってからも業績は順調に推移していたものの、無謀ともいえる国際線の拡充や同業他社に比べ高い給与などの放漫経営により3,000億円を超える有利子負債<ref>「<航空業界再編>日本航空と日本エアシステムが経営統合」毎日新聞 2002年11月12日</ref>を抱えていた上に、2001年9月に発生したアメリカ同時多発テロ以降に深刻な経営不振に陥っていた国内線大手の日本エアシステムと、2002年10月に合併を前提とした経営統合を行ってからは大幅に経営体系が変わり、その後以下の形で経営統合と合併が進められた。
- 2002年10月 - 日本航空(現在の日本航空インターナショナル)と日本エアシステムが株式移転し、持株会社を設立(日本航空システム:JALS)。
- 2004年4月~6月 - 日本航空便と日本エアシステム便を、日本航空便に統合。および、これを反映した商号変更(日本航空→日本航空インターナショナル、日本エアシステム→日本航空ジャパン、日本航空システム→日本航空)。
- 2006年10月 - 日本航空インターナショナル(旧:日本航空)による日本航空ジャパン(旧:日本エアシステム)のとの合併。
現在は持株会社である株式会社日本航空の傘下として、日本航空グループの中核をなす航空会社という立場になった。なお、経営統合初期の計画では、貨物事業(国際・国内とも)を「日本航空カーゴ」として分社化する予定だったが、航空協定上問題があることが判明したため、日本航空インターナショナルの事業とした。
当初は、日本エアシステムとの経営統合とそれに続く同社の吸収合併によって、国内線網の強化や余剰資産の売却などの合併効果による収益構造の強化、安定が見込まれたものの、合併以降の元日本航空と元日本エアシステムの社員の間の対立によるサービス上の混乱や、航空機の整備不良、反会社側組合による社内事情の意図的なリークなどの相次ぐ不祥事に伴う客離れを起こした上に、吸収合併した日本エアシステムの高コスト、低効率体制を経営統合後もそのまま維持し続けたことや、2003年2月に発生したイラク戦争以降の航空燃料の高騰、SARS渦などのマイナス要因が重なり急速に業績の悪化を招いた。
このため、「聖域なきコスト削減を行う」との合言葉の元に、日本エアシステムとの経営統合を急速に進めた他、同社の吸収合併に伴う余剰人員や機材の削減、不採算路線の統廃合、乱立する労働組合対策、総合職や客室乗務員の給与削減、コスト効率の高い子会社への業務移転などのリストラを進めると同時に、国内線と国際線の双方において新しい機内サービスの導入を進めた。また、2007年2月1日には、かねてから加盟の噂が出ていた航空アライアンスの「ワンワールド」への加盟を行った。
これらの施策によって、実行などの圧力<ref>「日航3労組、10月1日にスト計画 国内線1万4000人影響も」Nikkei Net 2008年9月30日1</ref>を受けてほとんど行われていないなど、「聖域なき」との合言葉とは裏腹の中途半端な経営陣の言動に、多くの株主や社員から非難の声が起きている<ref>「JAL大荒れ株主総会を終えてANA株はなぜJAL株の倍なのか」Itoyama Days 2007年6月26日2</ref>。
2007年11月に日本政府と中華民国政府の双方が日本-中華民国路線の直接運航を認めたことを受けて、日本-中華民国路線を運航していた日本航空グループの1社である日本アジア航空による同路線の運航を2008年3月31日に終了、同社を吸収合併した。<ref>「日本アジア航空 最終便が台湾へ」中日新聞 2008年3月31日3</ref>。
近年はを混合した「混合バイオジェット燃料」で、ボーイング747-300型機に4基装着されているプラット・アンド・ホィットニー・JT9Dエンジンのうち1基を運転する試験飛行「JALバイオ・フライト」を行った<ref>ベストカー 2009年2月10日号 P52.「びっくりだアランキング」三推社</ref><ref>日本航空「世界初!JALバイオ・フライトにカメリナのバイオ燃料を採用!」 2008年12月16日4</ref>。