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日本航空インターナショナル-1990年代について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
1.歴史
1.7.1990年代

バブル景気がピークに達した1990年には、先に発注した最新鋭機のボーイング747-400型機を導入すると同時に、新塗装と新型ビジネスクラスを導入した<ref>「ファディッシュ考現学'90」田中康夫著 朝日新聞社 1991年 </ref>。しかしその後、湾岸戦争による海外渡航者の減少と燃料の高騰、同年のバブル景気の崩壊、1980年代以降の日航開発による海外のホテルなどへの無理な投資や、燃料の先物取引の失敗などの経営判断のミス、過激な労働組合活動に後押しされた人件費の高騰などの様々な悪条件が重なり、1992年度決算では538億円という巨額の経常損失を計上し経営不振に陥った<ref>「JALグループ50年の航跡」日本航空広報部デジタルアーカイブ・プロジェクト編 2002年 日本航空</ref>。

しかし、国内外のホテルなどの余剰資産の売却や共同運航便やコードシェア便の増加、契約制客室乗務員制度の導入などによる人件費の削減、半官半民時代に国策で運航させられていた中東路線や南回りヨーロッパ線などの不採算路線の廃止やJALウェイズJALエクスプレスなどの低コスト運航を行う子会社を設立し収益性の低い路線の運航を移管するなどのリストラを行った上、1994年にはホノルルや沖縄、オーストラリアなどのリゾート路線向けにリゾッチャなどのキャンペーンを導入し個人旅行客の取り込みや、円高による海外渡航者の回復などで1990年代中半には経営状況が回復する。

業績が順調に推移していく反面、1998年8月には、暴力団総会屋関連企業に「観葉植物のリース料」名目で数千万円の利益供与を行っていたとして元役員らが起訴されるなど裏社会との関係が明らかになり、急遽企業行動点検委員会が設置された。しかし同年にも、自社の株主優待券を金券ショップで換金し、総会屋対策の裏金を捻出していたことが東京国税局の税務調査で発覚するなど構造的な腐敗体質が明らかになり<ref>「JALグループ50年の航跡」日本航空広報部デジタルアーカイブ・プロジェクト編 2002年 日本航空</ref>、以降は企業コンプライアンスの改善に進めていくことになる。

また、国内外における競争激化に対応して、1995年6月には日本の航空会社として初のウェブサイトを開設し、オンライン予約サービスを開始した他、マクドネル・ダグラスMD-11型機やボーイング777型機などの最新鋭機の導入を行った。また、新型ビジネスクラス「SEASONS」の導入やエコノミークラスへのパーソナルテレビの導入。1980年代より導入していたマイレージプログラムの本格展開や国際線の正規割引運賃の導入など、順調な業績と競争の激化を受けて新規サービスを導入してゆく<ref>「JALグループ50年の航跡」日本航空広報部デジタルアーカイブ・プロジェクト編 2002年 日本航空</ref>。

(出典:Wikipedia)

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