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6.モータースポーツの永久欠番
6.1.備考
- ケビン・シュワンツはロードレース世界選手権500ccにおいて1988年から1995年までの8シーズンでGP通算25勝を記録し、1993年にはチャンピオンとなった。引退後、功績を称え、シュワンツが長年愛用したゼッケン番号34をMotoGPクラスにおける永久欠番とした。
- 加藤大治郎は2003年4月6日、鈴鹿サーキットにて開催された第1戦日本GP決勝レース中の事故で逝去。日本バイク界への多大なる功績を称え、愛用していたゼッケン番号74はMotogpクラスの永久欠番となった。74番は誕生日の7月4日に由来。
- グレッグ・ムーアはCARTの最年少優勝記録を樹立するなど、下位カテゴリーを含め多くの最年少記録を塗り替え、若手の有望株として知られていた。しかし、1999年10月31日、最終戦フォンタナの決勝レース中に事故死。その死を悼み、愛用していた99番が永久欠番となったが、CARTの跡を継ぐ組織チャンプカー(CCWS)が2008年にインディカー(IRL)との再統合を果たしたのと同時にこの永久欠番制度も消滅した(実際、CCWSとIRLの分裂時代にIRLのレースとして行われたインディ500では、99番のマシンがエントリーしている)。
- リチャード・ペティはNASCAR通算200勝、チャンピオン7回を記録した。引退後、功績を称え、カーナンバー43を永久欠番とした。現在はボビー・ラボンテが使用。
- デイル・アーンハートはNASCARで通算7度のチャンピオンを獲得。2001年2月18日に開催されたデイトナ500のファイナルラップに発生した事故によりで死去。翌年からNASCARでは、アーンハートが長年使用していたカーナンバー3は永久欠番となった。
- 中村政信はSGを二度制覇するなどオートレース西の横綱と称されファンからも愛されたが、1999年12月23日の飯塚オートレース場第11レースにて落車、事故死した。その後、ファンからの強い要望もあり飯塚での練習番号71が永久欠番となった。
(出典:Wikipedia)