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プロ1年目の開幕を7番ライトで迎え、後半戦は5番バッターに定着。8月4日の広島戦では同じ背番号「24」の左腕エース大野豊から逆転3ランを放った。大野はこれを機に引退を決意したという。この年は右足を高く上げる独特の一本足打法から、打率.300、19本塁打、75打点の好成績を挙げ、新人王候補にも名を連ねたが、中日・川上憲伸が受賞した。新人としては異例のセ・リーグ特別表彰を受賞。当時の監督だった長嶋茂雄は、打撃・守備・走塁の全ての点で高橋を「天才」と評した。
バリー・ボンズをヒントに重心移動に取り組み、長打力もアップ。5月5日にはプロ2年目で巨人軍第66代の4番打者に指名される。9月14日の中日戦(ナゴヤドーム)での守備の際、外野フェンスに激突。鎖骨骨折の重傷を負い以後のシーズンを離脱。それでも打撃タイトル3部門で好成績を残し、1億円プレイヤーに。
前半戦はプロ入り後初めてのスランプを経験するが、後半戦には復調。3番高橋・4番松井・5番清原の強力クリーンアップの一員としてリーグ優勝・日本一に貢献。
江藤智とともに3番打者・6番打者を任され、2年連続で全試合出場。8月1日(対中日戦)にはライバル・川上憲伸からプロ入り通算100号本塁打を放つ。
度重なって死球を受け離脱するも、主に3番打者として2年ぶりのリーグ優勝・日本一に貢献。
プロ入り6年目。選手会長として迎え、初の開幕戦4番を務める。故障による離脱などもあったが、シーズン中盤には好調をキープし続け、11打数連続安打・14打席連続出塁というプロ野球タイ記録を樹立。自己最高打率.323を記録。
開幕からシーズン中盤まで4番打者を務め、5年ぶりに30本塁打を記録。しかし後半戦で肘の遊離軟骨状態が悪化。シーズンオフに右肘の手術を受ける。
シーズン中盤に右足首を痛め、昨年同様後半戦を離脱。プロ入り以来はじめて規定打席を割る。
シーズン序盤にセンターの守備でダイビングキャッチの際、左脇腹を痛め約1ヶ月の離脱。復帰して半月ほどたった5月27日のロッテ戦で再びダイビングキャッチを試みて左肩を負傷。後半戦はレフトでプレー。前年に続き規定打席を割り、打率.260、15本塁打と不本意な成績に終わった。
開幕戦から1番・右翼で起用される。1年を通じて大きなケガや長期離脱もなく、3年ぶりに規定打席及び3割をクリア。また、自己最多となる35本塁打を放つと共に、得点圏打率が12球団トップの.409を記録し、チーム5年ぶりの優勝に大きく貢献。8年ぶりにベストナインに選ばれる。この年の高橋の1番起用には賛否両論があり、長打力を兼ね備えた1番としての高い評価がある一方、1番はイチローや青木宣親のような内野安打を量産して出塁率を稼げる俊足巧打タイプが理想で、パワーヒッターの高橋は適任ではない、との批判もあった。しかし、この年の高橋は長打だけでなく4割を超える出塁率も記録し、1番としての役割もしっかりと果たしたといえた。ちなみに、楽天の野村克也監督は自著で高橋について、「3番に置かれる方がバッテリーは困る」と評した。
- 開幕戦、初打席で、先発三浦大輔の初球をライトスタンドへホームランを放ち、セントラル・リーグ史上初、衆樹資宏以来45年ぶりの開幕戦初球先頭打者本塁打を放つ。これにより、3年連続開幕戦本塁打となり、長嶋茂雄の5年連続に次ぐ歴代2位、現役では清原和博と並び1位タイとなる。
- 4月28日、FA権を取得するも、早い段階で宣言せずに残留することを表明。生涯巨人を宣言した。
- 7月26日、マット・ホワイトから、1シーズンでのプロ野球新記録となる9本目の初回先頭打者本塁打を記録。
開幕からしばらくは前年同様1番・右翼で出場。その後4月下旬から4番で起用されるも、腰痛を再発させ2軍落ち。1軍復帰後も痛みは引かずに本来の調子を取り戻すことが出来ず、スタメン落ちが増える。その間に同じ外野手の鈴木尚広が活躍し、高橋の出場機会はさらに減少。結局最後まで復調することなくシーズンが終了し、自己ワーストの成績に終わった。チームはリーグ優勝したものの、本人は「今年はチームに迷惑かけっぱなしでした」とあまり喜べないものだった。
- この不振により、プロ入りして以来10年間3割以上をキープしていた通算打率が、ついに3割を下回った。
腰痛で調整が遅れているためプロ生活初めての2軍スタートとなった。