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11.宗教
11.1.弾圧
ロシア革命によって無神論を奉じるソビエト連邦が成立すると、ロシアの国教であったロシア正教会は多数の聖堂や修道院が閉鎖され、財産が没収された。後に世界遺産となるソロヴェツキー諸島の修道院群は強制収容所に転用された。
また、聖職者や信者が外国のスパイなどの嫌疑で逮捕され、また多数の者が処刑され致命した。初代の京都主教を務めたことのあるアンドロニク・ニコリスキイ大主教は生き埋めの上で銃殺されるという特異な致命で知られる。当初は無神論を標榜するボリシェヴィキに対して強硬な反発を示していたモスクワ総主教ティーホン(チーホン)であったが、想像以上に苛烈な弾圧が教会に対して行われていく情勢に対して現実的姿勢に転換し、ソヴィエト政権をロシアの正当な政府と認め一定の協力を行ったが、教会の活動は著しく制限された。政府の迫害を恐れ多数の亡命者も出た。
1931年にはスターリンの命令によって救世主ハリストス大聖堂が爆破されたが、独ソ戦におけるドイツの侵攻に対して国民の士気を鼓舞する必要に駆られたスターリンは、それまでの物理的破壊を伴った正教会への迫害を方向転換して教会活動の一定の復興を認め、1925年に総主教ティーホンが永眠して以降、空位となっていたモスクワ総主教の選出を認めた。この際にそれまで禁止されていた教会関連の出版物が極めて限定されたものではあったものの認められ、1918年から閉鎖されていたモスクワ神学アカデミーは再開を許可された。
だがスターリンの死後、フルシチョフは再度、ロシア正教会への統制を強化。緩やかかつ細々とした回復基調にあったロシア正教会は再度打撃を蒙り、教会数は半分以下に減少。以降、ソ連崩壊に至るまでロシア正教会の教勢が回復することは無かった。
(出典:Wikipedia)