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4.政治
4.2.司法裁判
建国者のレーニンは秘密警察のチェカーを設立し、即座に容疑者の逮捕、投獄、処刑などを行う権限を与えられ、これが粛清の引き金となった。チェーカーは建前上、党に所属するものとされていたが、実質レーニン個人の直属であったといっても過言ではない。チェカーの無差別な処刑は反体制派はともかく無関係の者までも日常的に処刑しており、時には罪状をでっち上げて処刑していた。レーニンは「ニコライの手は血に塗れているのだから裁判は必要ない」と理由で一家共々処刑を行うなど法に対する姿勢が杜撰であったために、歴史家ドミトリー・ヴォルコゴーノフは「ボリシェビキが法を守る振りさえしなくなった」契機だと批判した。
スターリン時代は粛清によって、多くの人々が殺害され、スターリン主義のもと、社会主義・共産主義は抑圧的な体制とイコールになってしまった。スターリンは、トロツキーやキーロフなどの政敵たちや党内反対派を殺すためにチェカーを改名したGPUを用いた。また、GPUは圧制に抵抗する民衆や外国人を弾圧し、次々と刑場や強制収容所に送った。GPUはKGBに引き継がれた。
ナジ・イムレはハンガリー動乱で民主化運動を起こしたために、KGBによる秘密裁判で絞首刑に処された。
東欧革命やソ連崩壊で旧共産圏のあちこちにKGBの残虐さを伝える博物館が建設された。
スターリンの没後も国家反逆罪等で逮捕または亡命を強いられた人は増え続け、ソビエト連邦解体までの70年間に6,200万人以上に及ぶ人々が粛清された。これらは現行のロシア政府が1997年に認めた公式データであり、粛清の全容を部分的にしか公開していない。この中には日本人抑留者や亡命日本人も含まれているが、日本政府は謝罪や賠償を現行のロシア政府に求めようとはしていない。
(出典:Wikipedia)
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