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2.歴史
2.5.国力の衰退
その後1964年に、農業政策の失敗と西側諸国に対しての寛容的な政策を理由に失脚させられたフルシチョフに代わり、強硬派のレオニード・ブレジネフが指導者となると国内問題を放置することが多くなり、官僚の特権階級化など体制の腐敗が進み、食料や燃料、生活必需品の配給が滞るようになり、国民の多くは耐乏生活を強いられるようになっていった。また、改革開放を始めた中国を除いて東側諸国全体の経済が70年代後半から停滞していき、ソ連ではかつては10%を誇った成長率もほころびを見せ、崩壊の直前はGNPも日本に抜かれて三位となる。
1979年にブレジネフは、隣するアフガニスタンの共産主義政権がアメリカと関係を結ぼうとしたためにアフガニスタン侵攻を行ったものの、結果的にパキスタン、サウジアラビア、イラン等といった一部のイスラム諸国および西側諸国による猛反発を受け、翌年に行われたモスクワオリンピックの大量ボイコットを招くことになった。この侵攻は1989年まで続き、国際社会からの孤立を招いただけでなく、莫大な戦費を10年間の長きにわたり浪費することや多くの戦死者を出すことによって、ただでさえ傾きかけていた経済をますます圧迫する結果になった。
また、アメリカのロナルド・レーガン政権からは「悪の帝国」と名指しで批判され、さらなる軍拡競争で闇経済が蔓延、財政赤字が拡大する。
(出典:Wikipedia)
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