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『タナハ』 (tanakh)、『ミクラー』 (miqra') とよぶ書を聖典とし、これはキリスト教において『新約聖書』と同じく重要な『旧約聖書』と同じ書物である。ただし、成立状況が異なるので、キリスト教とは書物の配列も異なる。イスラム教でも『モーセ五書』は『コーラン』に次いで重要視される。ユダヤ教では、この他にタルムードをはじめとしたラビ文学も重視する。
しかし、ユダヤ教はキリスト教やイスラム教と違い、国においてロシア系移民の改宗手続きをする場合、440時間を費やすので、一日2時間勉強しても最低7ヶ月かかる)。
<gallery caption="ユダヤ教徒の務め"> Image:Rav_Danziger.gif|タッリートをつけて祈るアレクサンデル派レベ・イツホク・メナヘム・ダンツィゲル Image:OUKosher.JPG|カシュルートを実行する Image:Shabbat meal.jpg|シャッバートを実行する Image:Schect.jpg|地上の動物は全てシェヒーターを行う Image:V08p532001 Mezuzah.jpg|家に入るごとに、メズーザーに手を当てて祈る Image:Cheder.jpg|ヘデルでの研究。 Image:V09p377001 Odessa.jpg|タッカーノート Image:Jemenittisk sjofar av kuduhorn detalj.jpg|thumb|イエメン・ユダヤ人のショーファール Image:Göttingen-Jüdisches.Artefakt.01.JPG|リンモーニーム、香炉 Image:Göttingen-Lampe.JPG|ネール・ターミード Image:Göttingen-Beschneidungswerkzeuge.02.JPG|改宗手続き(ユダヤ人の場合は生後8日以内)のベリート・ミーラー(割礼)で使用する道具一式 Image:Mikwe Mikwa Judentum Tauchbad rituell.jpg|改宗手続きで使用するミクワー(ミクヴェ) </gallery>
ユダヤ教では、改宗前の宗教に関係なく、「地上の全ての民が」(『創世記』)聖なるものに近づくことができる、救いを得ることができる、と考える。「改宗者を愛せ」という考え方は、次のようなことばにもみることができる。
すなわち、ユダヤ教徒であることとユダヤ人であることはほぼ同義に近く、血縁よりも教徒としての行動が重要視されることも多い。しかし、『イザヤ書』56章の記述にあるように、神の下僕となり、神との契約を守る非ユダヤ人がユダヤ教徒になることには条件がなる。その場合、61章にあるように、ユダヤ人が神の祭司であるのに対し、非ユダヤ人は労役に服するという差別性があり、キリスト教のように「イエスを信じる者が平等に救いを得ることができる」とはしない。ここにもユダヤ教の普遍宗教的でなく民族宗教的な側面がある。
一方、形式的に考えれば初期のキリスト教徒はすべてユダヤ人だったのであり、「ユダヤ人キリスト教徒」という矛盾を含んだ呼称も成立する。世界中の全ての民族は「ユダヤ教」に改宗することによってユダヤ人となりうるのであり、ユダヤ人は他宗教に改宗することによってもはや狭い意味での「ユダヤ人」ではなくなってしまう。また、「民族宗教」といっても、例えば神道のように、特定の地域・場面においての繋がりしかなく、改宗手続き・運動もなく、日本人になる絶対的要素でもないような「宗教」とは全く性質・意味の異なる部分がある。民族の定義を血縁によるのか、宗教によるのか、「ユダヤ教」が「民族宗教」なのか、あるいは「宗教民族」ともいえるのか、といった問題につながる。
このように、内面的な信仰に頼らず行動・生活や民族を重視し、また唯一の神は遍在(maqom)すると考える傾向(特にハシディズムに良く現れる概念)があるため、ユダヤ教の内部にはキリスト教的、またイスラム教的な意味での排他性は存在しない。