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本級は、長期的な計画に則って開発・建造されたというよりは、いくつかの事情が複合的に作用した結果の産物である。
1950年代末より、ソビエト連邦においては対艦ミサイルの大量配備が進んでおり、複数のミサイルによる同時攻撃(飽和攻撃)を受けた場合、この時点でアメリカ海軍が有する防空システムでは対処困難であることが予想された。このことから、アメリカ海軍は、より高性能な防空システムを模索しはじめていた。しかし、最初の試みであったタイフォン・システムの開発は挫折し、より漸進的な防空システムとして、既存のターター・システムを発展させたターター-D・システムを構想したものの、この開発も難航した上、あくまで時間稼ぎにしかならないことは明白であった。一方、次世代防空システムの本命であったイージスシステムは、綿密なコンセプト開発が奏功し、1975年より洋上試験に入っていて、実用化も間近と考えられていた。
イージス計画のプログラム・マネジャーであったウェイン・E・マイヤーは、イージス艦の卓越したC4I能力に着目し、これをコマンドセンターとして活用することを提唱した。すなわち、イージスシステム搭載巡洋艦の艦長が対空戦闘指揮官として、空母戦闘群全体の対空戦闘を指揮するというものであった。<ref>この構想では、リンク 11によって送信された他艦探知の敵機に対してのミサイル攻撃などが提唱されたが、これはのちに共同交戦能力 (CEC) として具体化することとなる。</ref>そのプラットフォームとしては、当初、原子力推進の強力な打撃巡洋艦が構想されたが、これはコスト面の問題から放棄され、続いて構想された改バージニア級原子力ミサイル巡洋艦 (CGN-42) も中止された。
ここでマイヤーが注目したのが、当時整備計画が進んでいたスプルーアンス級駆逐艦であった。スプルーアンス級は、本来、共通の設計に基づいて対潜艦としてのDXと防空艦としてのDXGを建造するという構想のDX (対潜艦)として開発されており、したがって、その設計には、防空システムを搭載できるだけの余裕が織り込まれていた。このことから、実現しなかったDXG計画にかわって、同級をもとにしたイージス艦の開発が決定された。このような経緯から、本級は当初、ミサイル駆逐艦 (DDG-47級) として計画されていたが、期待される任務や性能を考慮して、1番艦の建造途中で、種別はミサイル巡洋艦(CG-47)に変更された。