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1.歴史
1.4.森・小泉政権と自民党内最大派閥への躍進
森喜朗が三塚の後継会長となった1998年末に、かつての清和会の名称にちなんで会の名称を清和政策研究会と改称し、2000年に森が首相に就任し総裁派閥となった。森が自民党総裁在任中は党内の慣例に従い形式的に派閥を離脱したため、そのあとを受けて、小泉純一郎が2000年4月から清和政策研究会会長に就任し森内閣を支えた。派閥を継承した森は同じく発言力を増しつつあった小泉と組むことによって混乱していた派の体制を立て直す事に成功した。
森退陣後の小泉内閣では引き続き総裁派閥(小泉自身は派閥離脱)となり主流派として勢力を伸張し、2005年の衆議院選挙で、平成研究会(旧橋本派・現津島派)を抜き、党内第一派閥へと躍り出た。
2006年、小泉総裁退任に伴う自民党総裁選挙では有力候補として安倍晋三・福田康夫が挙がったが、安倍と福田は同じ森派出身であり、その森派はかつて安倍・福田の父親が領袖である派閥であったことも注目され、安倍と福田の二人が立候補をすれば第一派閥である森派の分裂も予想された(安福戦争)。しかし、福田が不出馬を宣言したため派閥分裂の危機は回避され、9月に安倍が総裁に選出された。
2006年10月19日、森は派閥会長を退任し、町村信孝が同派会長に就任。その後、10月26日、派閥総会で森は同派名誉会長に就任した。この町村への派閥委譲は、幹事長に就任したもう一方の実力者中川秀直とのバランスを考えてのことである。派閥名は町村派となった。なお、その影響力や行動などから領袖退任以後も森が事実上の派閥のオーナーと考えられている。
2007年7月の参院選の結果、参院側でも津島派を抜き名実共に最大派閥となった。
(出典:Wikipedia)
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