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1.歴史
1.2.安倍派四天王と会の分裂
安倍晋太郎が派閥会長であった際、派閥内の三塚博・加藤六月・塩川正十郎・森喜朗の4人の実力者を称して安倍派四天王と呼んだ。竹下派七奉行と比較される。その後、安倍の後継会長を三塚・加藤が争い(この抗争は両者の名を取って「三六戦争」と呼ばれる)、森の支持を得た三塚が1991年6月、清和会会長に就任した。
同年、三塚は総裁選に出馬するが、加藤がこれに反し、竹下派の推す宮澤喜一支持を表明した。そのため加藤は同年10月に三塚派を除名され、政眞会を結成、のちに自民党も離脱することとなる。加藤の離脱後、三塚を支持した、森、塩川、小泉、玉澤徳一郎、中川秀直等と、加藤を支持したものの清和会に残った亀井静香、平沼赳夫、中川昭一、尾身幸次、町村信孝等の間にしこりが残ったと言われている。
(出典:Wikipedia)
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