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朴正煕-逸話などについて調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
7.逸話など
親日家

福田赳夫が韓国を訪問した際、酒席において日韓の閣僚たちが日本語で会話をしている最中、韓国側のある高官が過去の日本による植民地統治を批判する旨の発言を始めたところ、彼を宥めたうえで「日本の朝鮮統治はそう悪かったと思わない。自分は非常に貧しい農村の子供で学校にも行けなかったのに、日本人が来て義務教育を受けさせない親は罰すると命令したので、親は仕方なしに大事な労働力だった自分を学校に行かせてくれた。すると成績がよかったので、日本人の先生が師範学校に行けと勧めてくれた。さらに軍官学校を経て東京の陸軍士官学校に進学し、首席で卒業することができた。卒業式では日本人を含めた卒業生を代表して答辞を読んだ。日本の教育は割りと公平だったと思うし、日本のやった政治も私は感情的に非難するつもりもない、むしろ私は評価している」と語った<ref>金完燮 日韓「禁断の歴史」p.212 小学館 2003年10月 ISBN 4093896518 </ref>。

無名の若者たちが国の近代化を推し進めた明治維新を「明治維新の志士を見習いたい」と称賛していた。特に、中心人物の一人である西郷隆盛を尊敬し、西郷が語った「子孫のために美田を残さず」という言葉を好んで使っていた事から、前述の浦項製鉄所や石油化学工場の建設の推進など、経済政策やメンタリティ等あらゆる部分で日本の影響を色濃く受けていた事が伺える。

日本との関係を真剣に考えていたとされ、竹島をめぐる領有権問題について「両国友好のためにあんな島など沈めてしまえ」と発言したとも言われている。

酒を飲んで機嫌が良くなると、よく日本の軍歌を歌っていたと言われている。

愛妻家

生涯で2回結婚(もう1回は同居)しており、陸英修夫人とは見合いを経て結婚したが、恥かしがりやであったために見合いの際には酒を飲んでから臨んだ。

陸英修夫人とは仲の睦まじさを演出したが、家庭内では夫人が「青瓦台(大統領官邸)の中の野党」の役割を果たし、政治的な助言も惜しまなかった為、時々「陸‐朴戦」(韓国語では「肉薄戦」と発音が同じ)、つまり夫婦喧嘩があったという。終生、夫人に対してはただの妻以上に尊敬し続け、もし夫人が生きていたら、政権の末期もかなり違っていたかも知れないとよく言われる。

清廉

朴は日本の英文学者劇作家保守思想家としても評価の高い福田恆存と親交を結んだ。福田は朴の暗殺を聞き、追悼文「孤獨の人、朴正煕」を書いている。福田はその中で、朴と昼食を共にした時のことを回想し、以下のように書いている。

清廉さを物語るエピソードとしては、次のようなものもある。マクドナルド・ダグラス社重役のデービッド・シムソンが100万ドルの小切手を誠意として渡すと、朴は「あなたが私にくれたこの100万ドルは、私のお金でも、かと言ってあなたのお金でもありませんよ。このお金は、今、私の兄弟、私の子供らが千里他郷で、そして遠くベトナムで血を流しながら戦っているわが息子たちの汗と血と換えたものです。そのようなお金をどうして一国のお父さんとして私の腹を肥やすのに使用できるでしょうか」「このお金は持って帰りなさい。代わりに、このお金分の銃を私たちによこしてよ」と述べた<ref>朴正煕大統領へのわいろ「さあ、この100万ドルはもう私のお金です。早速このお金分の銃を持って来るように!」 現代コリア 2009.5.18</ref>。

なお朴は、自身の政治家としての潔白さを証明するため、親戚のソウルへの立ち入りを禁じていたという。

その他
(出典:Wikipedia)

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