ランキングモンスター

征夷大将軍-足利義満の野望「太上法皇と日本国王」について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
3.天皇との関係
3.4.足利義満の野望「太上法皇と日本国王」

<ref name="hahanaru140-141">この章は、シロニー(2003)、140-141頁。</ref>

室町幕府の第3代将軍・足利義満は、天皇家に取って代わって自分の王朝を開こうとした唯一の人物である。成年に達すると強引な権力者となり、支配を国中に及ぼし、南北朝時代に幕を閉じた。将軍職を退いても太政大臣となり、国政を続けた。生母をなくした後小松天皇の母がわりとして、皇族出身でない自分の妻の日野康子を「准母(じゅんぼ)」に指名した。こうして、義満は天皇の継父に相当することとなり、死後「太上法皇(出家した太上天皇の尊称)」と呼ばれることができる資格を手に入れた(実際は遺族が辞退した)。1401年(応永8年)、と国交を樹立し、明の皇帝から「日本国王」の称号を受領した。これにより、征夷大将軍の地位にある人物が皇位に最も近づいた。しかし、1408年の義満の死で、彼の野望はついえた。後継者の誰一人として義満の野望を繰り返そうとはしなかった。

指摘するべきは、義満の野望を妨げたのは、天皇でも征夷大将軍でもなく「そんなことはありえないことだ」という強力な暗黙の合意があったことである。

(出典:Wikipedia)

ランキングモンスタートップ征夷大将軍>足利義満の野望「太上法皇と日本国王」

征夷大将軍を検索
征夷大将軍のブログを検索
征夷大将軍の動画を検索
征夷大将軍の画像を検索
征夷大将軍の書籍を検索
征夷大将軍の音楽を検索
征夷大将軍のDVDを検索
人気の音楽・映画・コミックのランキングランキング★モンスターでチェック!