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3.歴史
3.3.バラモン教からヒンドゥー教へ
バラモン教はインドを支配するアーリア人の祭司階級バラモンによる祭儀を重要視する宗教であった。紀元前5世紀頃に、バラモン教の祭儀重視に批判的な仏教とジャイナ教が成立した。更にインド北西部は紀元前520年ころにはアケメネス朝ペルシア、前326年にはアレクサンダー大王に支配された。その後仏教はアショーカ王(在位紀元前268年頃 - 紀元前232年頃)の帰依などにより一時期バラモン教を凌ぐ隆盛を示した。この時期にヴェーダを基本とする宗教であるバラモン教は「支配者の宗教」からの変貌を迫られ、インド各地の先住民族の土着宗教を吸収・同化して形を変えながら民衆宗教へ変化していった。このため広義のヒンドゥー教にバラモン教時代を含める場合もある。ヒンドゥー教にはバラモン教の全てが含まれているが、ヒンドゥー教の成立に伴って、バラモン教では重要であったものがそうでなくなったり、その逆が起きたりなど大きく変化している。 紀元後4世紀頃、グプタ朝がガンジス川流域を支配した。グプタ朝はチャンドラグプタ2世(在位紀元385年 - 413年)に最盛期を迎えるが、このころに今もヒンドゥー教徒に愛されている叙事詩「マハーバーラタ」と「ラーマーヤナ」がまとめられるなど、ヒンドゥー教の隆盛が始まった。
バラモン教は上記のように具体的な目的に対して神に「供犠」を捧げる、いわば「ギヴ・アンド・テイク」の宗教であったのに対し、ヒンドゥー教ではヴィシュヌ神のような至高の神への絶対的帰依(「バクティ」と呼ぶ)に基づく信仰態度が多くの大衆に受け入れられ始めた。この時期に六派哲学と呼ばれるインドの古典哲学が確立し、互いに論争を繰り広げた<ref>『インドを知る辞典』 41頁。</ref>。
- ヴァイシェーシカ学派:多数の実在を認め、物質を無数の原子からなるものと規定した。
- ニヤーヤ学派:実在を認めつつ、主宰神「シヴァ神」の証明を試みた。
- サーンキヤ学派:世界は精神と物質から成るとした「二元論」を展開した。純粋精神が物質から離れた時に「解脱」が達成されるとし、最高神の存在を認めない。
- ヨーガ学派:教説のかなりの部分をサーンキヤ学派と共有するが、最高神の存在を信じる。「解脱」の手段としてのヨーガの行法を発達させた。
- ミーマーンサー学派:ヴェーダの「供犠」を受け継ぎ、正しい祭祀が(神を通さず)直接果報をもたらすものとした。
- ヴェーダーンタ学派:根本聖典「ブラフマ・スートラ」に則り梵我一如を追求した。この学派がその後のヒンドゥー教の正統派の地位を継続している。
(出典:Wikipedia)
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