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1920年、国家社会主義ドイツ労働者党の議長の座に就いたヒトラーは、自らの呼称を『Der Führer』(指導者)と定めた。1933年、ヒトラーは首相に指名された。Der Reichskanzler はドイツ国首相の呼称であり、ビスマルク以来のドイツ首相がこの呼称で呼ばれた。党内からは『Der Führer und Reichskanzler 』(指導者兼ドイツ国首相)の称号で呼ばれ、一般にも広まった。
1934年8月にヒンデンブルク大統領が死去すると、首相アドルフ・ヒトラーは「ドイツ国および国民の国家元首に関する法律」を発効させ、それまでの大統領の職務を首相の職務と統合させた。これによりヒトラーは新たな国家元首の権能を手に入れた。さらに国民投票を実施してこの措置を正当化した。ドイツ国の国家元首は「ドイツ国大統領」であったが、ヒトラーは「ヒンデンブルク大統領に敬意を表す」との理由のもとで「ドイツ国大統領」(Der Reichspräsident)の呼称を使用せず、自らの称号としては従来通りの Der Führer und Reichskanzler を使った。以降、この政治的称号を日本語に翻訳する際に、中国語の大統領を意味する総統が用いられた。
しかしナチス党によるドイツ支配が確立されると、首相の称号は重視されなくなり、通常の使用ではDer Führer und ReichskanzlerをDer Führerと略することが通例となった。こうした事情から、「Der Führer」の日本語訳として「総統」が使用されることが一般的となり、国家元首就任以降のヒトラーのみならず、それ以前のヒトラーの地位に対しても「総統」の訳語を宛てることが多くなった。
第二次世界大戦中、ヒトラーは軍に関する権限も掌握し、「総統」という称号にはさまざまな権能が含まれることとなった<ref>余談ではあるが、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスも共和政時代から存続していたさまざまな平時の職責を一人で兼任することによって、制度そのものを大幅に改編することなく共和政の体裁を繕いながら実質的な皇帝権力を確立している。(詳細はプリンキパトゥスを参照)</ref>。
- ヒトラーが歴任した役職