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1941年、40歳だったポーリングはブライト病と呼ばれる重い腎臓病と診断された。当時の専門家達はブライト病が不治の病であると信じていた。ポーリングはスタンフォード大学のトーマス・アディスの助力を受け、低タンパク無塩食という当時としては奇抜な方法で病気を抑制することが出来た。アディスは自分の全患者にビタミンとミネラルを処方していた。
1951年、ポーリングは「分子医学 Molecular Medicine」と題した講演を行った。<ref></ref>1950年代末、ポーリングは精神疾患の原因の一つに酵素の機能障害があるのではないかと疑い、脳機能における酵素の役割を研究していた。ビタミンが欠乏症予防以外に重要な生化学的効果を持つ可能性に気が付いたのは、ポーリングが1965年にエーブラム・ホッファー著「精神医学におけるナイアシン療法」を読んだ時のことであった。1968年、ポーリングはサイエンス誌(PMID 5641253)に「分子矯正精神医学」(「orthomolecular medicine」)と題した簡単な論文を書き、1970年代に流行し物議を醸したビタミン大量療法運動の原理を与えた。ポーリングの造語である分子矯正(orthomolecular)とは、病気の抑制や治療の際に体内物質の濃度を操作する手法を意味する。この概念が中核を担っている分子矯正医学は、今日でも一部を除き効果的な治療法として未だ科学的な立証は進んでおらず、強い批判を浴びることもある。<ref>感冒に対するビタミンC (Vitamin C for the common cold Douglas RM, Chalker EB, Treacy B)</ref><ref></ref><ref name="bccancer"></ref>
ポーリングが後年に行ったビタミンCの研究は論議を呼び、最初は一部の医療専門家から似非療法と看做された<ref> </ref>。1966年にポーリングは生化学者のアーウィン・ストーンから高用量ビタミンCの概念を知り、風邪の予防のために毎日数グラムのビタミンを摂り始めた。その効果に興奮したポーリングは臨床文献を調査し、1970年に「ビタミンCと感冒」を発表した。1970年、ポーリングはイギリスの癌外科医ユアン・キャメロンと長期間の臨床協力を開始し、末期癌患者の治療にビタミンCを点滴及び経口投与した<ref></ref>。キャメロンとポーリングは多くの論文のほか、彼らの研究成果を扱った一般書「癌とビタミンC」を執筆した。Moertelらがメイヨー・クリニックでプロスペクティブ試験、無作為化試験、プラセボ対照試験を3回に渡り行ったが全て失敗し、超高用量のビタミンCの投与が癌の患者に効果があるという証明は得られなかった<ref></ref>。これに対しポーリングは Moertel が出した結論と最後の試験の取り扱いについて「詐欺にして意図的な誤りである」と公然に非難した<ref></ref><ref> (2005), University of Chicago Press, ISBN 0-226-11366-3, Excerpt from pages 89-111 </ref>。ポーリングは未公表だった試験の詳細を少しずつ暴き、数年後に2回目のMoertelの癌試験の不備についての批判を発表したが<ref></ref>、彼の傷ついた名声を翻すことは出来なかった<ref></ref>。このMoertelとの確執が生んだ悪い評判は、ポーリングと彼のビタミンC研究の信用を低下させた。ポーリングの反論も空しく、この3回の臨床試験の結果は癌治療での高用量のビタミンCの効用に反対論を与えた<ref>1</ref>。ポーリングは1950年代の地上核実験の撤廃活動以来常に危険と隣り合わせの状態だったが<ref></ref>、この1985年のMoertelとの対立により、彼は機関資金源や学術的な支援、一般社会の評判を失った。その後、ポーリングはカナダ人医師のエーブラム・ホッファー<ref></ref>と共同で高用量ビタミンCを含む補助癌治療としての微量栄養素の投薬に関する研究を行った。
彼の死後10年以上を経た2006年、高用量ビタミンCの効能に関する新事実がカナダの研究グループによって提示された。同グループは、高用量ビタミンCを点滴投与した3人の患者が予想よりも長く生存していたことを確認した<ref></ref>。また、同グループは新たな第I相臨床試験を予定していると報道された<ref></ref>。事例報告データと臨床前情報を組み合わせは、臨床効果の生物学的妥当性及び可能性を示唆している。今後の臨床試験では、癌患者に対する静脈内高用量ビタミンC治療の実用性と安全性の究明が最終的な課題となっている。なおすでに、高用量ビタミンCの点滴投与は患者に重要な毒性を与えることが分かっており、腎不全や下痢などの副作用は十分に立証されている<ref></ref>。
一方、ビタミンCの癌細胞への選択毒性も、2005年に in vitro (ペトリ皿を使用した細胞培養)で実証され、米国科学アカデミー紀要に報告されている<ref>2 </ref>。
1973年、ポーリングは2人の研究者と共にカリフォルニア州のメンロパークに分子矯正医学研究所を設立、間もなくしてライナス・ポーリング科学医学研究所に改称した。ポーリングはビタミンC研究の指揮を執ったが、化学や物理の理論的研究も1994年に前立腺癌で死去するまで続けた。晩年、アテローム性動脈硬化症予防で推測されるビタミンCの働きに興味を持ち、狭心症治療におけるリシンとビタミンCの使用に関する3本の事例報告を発表した。1996年、ライナス・ポーリング研究所がカリフォルニア州パロ・アルトからオレゴン州コーバリスに移転し、オレゴン州立大学の一機関になった。現在でも疾病予防及び治療に用いる微量栄養素やフィトケミカル(植物由来の化学物質)、その他の食事成分の研究を続けている。