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旧約聖書-四資料仮説について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
3.旧約聖書の成立過程
3.1.四資料仮説

歴史的キリスト教会がモーセを記者であるとしてきたモーセ五書に関しては、それを否定する四資料仮説が19世紀より唱えられリベラル派の旧約聖書学の標準学説として知られている<ref>R.E.フリードマン著(松本英昭訳) 『旧約聖書を推理する』 海青社、1989年、ISBN 4-906165-28-1、序章部で四資料仮説の要約史が読める</ref>。それによれば、ソロモン王国時代にヤハウェストと呼ばれる個人ないしグループが主に南部の部族に伝わる伝承を基にして「J資料」を書いた。その後、分裂後の北イスラエル王国でエロヒストと呼ばれる個人ないしグループが、「J資料」とは異なる伝承を基にして「E資料」を書き、これらがどこかの時点で編纂されてひとつにまとめられた。おそらくは北イスラエル王国の滅亡時にユダヤ王国へ亡命してきた人々がE資料をユダヤ王国にもたらして、そこでまとめられたのだろう。これを「JE資料」と称する。さらにユダ王国末期に申命記記者と呼ばれる個人ないしグループが主に申命記からヨシュア記以降列王記までの歴史書を書いて付け加えた(これを「D資料」と呼ぶ)。最後にバビロン捕囚期に祭司階級に属する個人もしくはグループが別に保持していた資料を用いて加筆編纂を行った(この加筆部分を「P資料」と呼ぶ)。異なる資料が編纂されている例を挙げれば、創世記の1章1節から2章3節まではP資料、それ以降から第4章まではJ資料である。この部分では「世界の最初の七日間」について相矛盾する記述が併記されている。この外、ノアの箱舟や、出エジプト記の葦の海でもJ資料とP資料が繋ぎ合わされていることが確認されている。

ただし、この四資料仮説はあくまで仮説に過ぎず、細部に至るまで完全に合意されたものではない。J資料などは執筆時期をバビロン捕囚期とする説もあり500年くらい振れ幅がある<ref>四資料仮説については、『新版 総説 旧約聖書』 日本キリスト教団出版局、2007年、ISBN 978-4-8184-0637-7、pp.137-141や、W.H.シュミット著(木幡藤子訳) 『旧約聖書入門 上』増補改訂版 教文館、2004年、ISBN 4-7642-7145-1、pp.79-93 などを参照</ref>。それでも、バビロン捕囚期にモーセ五書から列王記までが編纂されたであろうことは学者たちの間でおおよそ合意されており、これに各種の預言書や諸書が時代を経るに従って順々に執筆されて付け加わっていったものと推測される。

なおこれらの仮説は、先にも述べたように福音派では退けられている<ref>ケアンズ『基督教全史』いのちのことば社</ref>。

(出典:Wikipedia)

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