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3.戦乱の推移1
3.4.南京建都後の軍事行動
西征軍
他方、西征軍は北伐軍のおよそ1ヶ月のち、胡以晃を将として湖北・湖南地方奪回のために出発した。漢口や漢陽を一時落としたものの、安定した支配を確立できず、成果は芳しいものではなかった。太平天国の仇敵ともいうべき曽国藩の湘軍が立ちはだかったためである。湘軍は幾度か敗戦し、そのため曽国藩に自殺を図らせるほどであったが、1854年4月に毛沢東の郷里でもある湖北省湘潭で太平天国に大勝利を収めた。
ただその後、太平天国軍は名将羅大綱・石達開が合流すると攻勢に転じ、安徽省中南部・江西省・湖北省東部を支配するに至った。続いて 1856年の4月から6月にかけて江北・江南両大営を壊滅させ、太平天国は足場を強固にし安定期を迎えた。
(出典:Wikipedia)