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2.歴史
2.6.混雑
その後1960年代に入ると、日本航空や外国航空会社によりダグラスDC-8やボーイング707、コンベア880などの大型ジェット旅客機が次々と就航し、日本の空の玄関口、首都の空港として国際線、国内線ともに発着回数が増え、1964年に行われた東京オリンピックの時など数度にわたり旅客ターミナルが増改築された他、貨物施設の拡充も行われた。
しかし、同年に一般旅行者の海外旅行自由化が行われたことや、地方路線の機材大型化やジェット化が進んだなどもあり、高度経済成長期真っただ中の1960年代後半には、増大する一方の離着陸をさばくのが困難になり、A滑走路の使用を停止して駐機スポットにするなどの策も講じたが、それでも対応が難しくなった。また、旅客ターミナルの混雑や貨物ターミナルの処理能力も限界に達し、抜本的な解決を望む声が多くなった。
(出典:Wikipedia)