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- ―国家は国際テロの実行主体に入るのか、テロとは戦争なのか―
国家は国際テロの実行主体となり得るかという問題について様々な議論がある。歴史的に国家によるテロは弾圧や迫害・粛清など、権力装置を自国内で行使することが中心であり、また国際テロという暴力手段が注目された19世紀末のアナキスト達による一連のダイナマイトによる暴力行動<ref>「アナーキストのテロに揺れた世紀末」リック・コールサート(ル・モンド・ディプロマティーク)1</ref>以降、テロの主体は国家権力に正面から対抗する手段を持たない政治勢力、思想集団、宗教勢力が奇襲的な殺戮行為を行うことにより、国際社会や外交関係といった利害を背景としてそれにつけこみ、目標国家に政治的打撃を与え、政治的主張を受け入れさせることが主流であったためである。
しかし国家が他国や他の文明を攻撃する手段としてテロの実行を命じ、あるいはテロを支援することがテロ国家あるいはテロ支援国家という概念を生み、テロ国家が引き起こす国際テロを国家テロと呼び習わす傾向が生まれ、国家がさまざまな国際テロの主体になり得るという認識が確認されつつある。
さらに、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件はテロの定義を揺るがす事件となった。この事件はイスラム原理主義組織「アルカーイダ」による犯行であったが、ジョージ・W・ブッシュはこの事件を「新しい戦争」と呼んだ(対テロ戦争)。
戦争とはいうまでもなく、国家が主体となるものであるが、非国家主体であるテロ組織の行為を指して「新しい戦争」と呼んだことで、テロという概念が戦争と合致するものであるのか波紋を呼んだ。
アメリカがテロを「新しい戦争」と呼んだ背景には、犯罪というにはテロの有する破壊力があまりに大きく、国家の存亡をも揺るがす安全保障上のテーマとしても認識されたからに他ならない。そして、テロには通常の犯罪と異なり、その動機がきわめて政治性、宗教性のあるものであるということも、通常の犯罪とは区別して考えられるところであり、単純に犯罪の一カテゴリーとしてとらえることは適切ではないということができる。このようにテロの概念規定を困難にさせているものは、テロという事象及びその特徴がきわめて複合性を有するものであるからに他ならない。政治的・宗教的目的の達成手段としてのテロ、犯罪としてのテロ、そして災害としてのテロ(テロ災害)というように、テロという概念は複数の要件が重複していることで成立しているのである。