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1.歴史
1.10.宗団の近代化
政府の宗教政策である一宗一管長制が、古義・新義真言宗各本山にも求められた。古義真言宗では金剛峯寺・東寺、新義真言宗は智積院・長谷寺が交替で、真言宗の管長に就任することになった。管長は全真言宗を統括し、宗務に当たることとなり、真言宗にも一宗一管長制が導入されることとなった。
しかし、1878年(明治11年)、仁和寺・大覚寺・広隆寺・神護寺・西大寺・法隆寺・唐招提寺が古義真言宗から離脱し、仁和寺内に西部真言宗と称する宗派を立てて、独自の管長を置くこととなった。
また、新義真言宗の智積院・長谷寺も離脱し、真言宗新義派と称して独自の管長を置くこととなった。古義真言宗の金剛峰寺・東寺は合併して、古義真言宗から真言宗と称して、独自の管長を置いた。
こうして、真言宗は一宗一管長制が瓦解して、真言宗西部・真言宗新義派・真言宗となり、3人の管長が存在する状態となった。
このことは、政府の知るところとなり、内務省から、一宗一管長制を採るよう通達があった。これを受け、霊雲寺において、古義派・新義派で合同会議が行われた。結果、1879年(明治12年)に合同が図られた。あわせて、東寺を総本山にして、長者の称号を復することになった。
(出典:Wikipedia)
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