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4.車両
時期により多少の差はあるが、リアエンジン・アンダーフロアエンジン化以降はトヨタを除く4社から購入している。戦後はいすゞが多数派となったが、UDエンジンの商品化以降民生・日デがシェアを伸ばし、年度によってはいすゞ車を超えることも多かった。初期のリアエンジン、アンダーフロアエンジン車は営業所ごとに集中配置され、北光はいすゞと民生・日デ、琴似はふそうと日野、白石は日野と民生・日デ、藻岩は民生・日デが主体など、偏りが見られた。日野、ふそうの導入が増えるのは1970年代中頃、営業所毎の差が無くなるのはそれ以降である。
車体は、いすゞ - 川崎航空機、民生・日デ - 富士重、日野 - 帝国、ふそう - クレハと、一部の例外(1986年導入車のふそうの一部に富士重が存在した)を除いては基本的に純正のみであった。
)の本格導入が始まっているが、気候を考慮し、2組装備されていた。オリンピック輸送が一段落すると、これらの車は前扉を増設され、ワンマンカーへと改造されている。
路線車のシート表皮は、古い順から、ライトグリーンのビニール、グレー(石模様)のビニール、グリーンのモケットとかわっている。
1972年の定鉄バスの経営改善策を受けて市が譲受した車両はワンマン仕様が多かったが、市営転籍後は中扉のみを使ったツーマン(車掌乗務)運行が多かった。転籍車は方向幕や運賃表示器、降車灯など、接客関係の仕様の相違をはじめ、日野車の一部にはシフトパターンが異なるものもあった。
(出典:Wikipedia)