ランキングモンスター
政界引退後の現在は、らが結成した勉強会「プロジェクト日本復活」では顧問に就任している。
竹中が経済政策の舵取りを行ってきた小泉政権下で、日本経済が堅実な成長を示したことは事実であるが、一方ではこのころから日本での地域経済格差が社会問題化し始めるようになった。しかし、竹中は在任中一貫して緊縮財政を貫いた。このことは、地域間、ひいては個人間格差の拡大を放置したものとして、否定的に受け止められることも少なくない。自民党が2007年の第21回参議院議員通常選挙で惨敗した理由のひとつには、地方での自民不信が伺える。
このような事情もあって、竹中の経済施策は、安倍・福田政権には引き継がれなかった。その後の世界金融危機に伴って、日本でも経済の停滞がみられているが、竹中は「日本の経済がなかなか元気にならないのは改革をやり過ぎたからではなく、改革を止めてしまったからだ。郵政民営化や、政策投資銀行である商工中金の民営化を決めた2005年には、改革が進むということで、一年間で日本の株価は42%上がった。日本にはそれだけの技術、資本、人材もあるから、改革をすれば、日本の株価は上がる。ところが改革をしないと期待成長率が下がって、2007年みたいに株価が11%も下がってしまった。2007年のアメリカもサブプライム問題で揺れながらも、株価は上昇していた。政治的に改革をしたくない既得権益者の政治的キャンペーンに、日本中がこの二年間で染まってしまった<ref>田勢康弘の週刊ニュース新書、テレビ東京、2008年11月29日。</ref>」と、停滞の一因を改革への反動に求める意見を表明している。
一方で、竹中が推し進めた新自由主義グローバリズム、アメリカ追従を基調とした経済政策の負の部分(規制緩和による業界秩序の崩壊、外資系金融企業の参入等)が、2008年後半にいたり金融不安などにより強調・問題視される事態となった。そのため、竹中が行ってきた郵政民営化などの政策の否定や転換を模索する動きが、自民党主流すなわち麻生内閣やかつての盟友である小泉内閣閣僚経験者からも強まっている。