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釈迦-入滅後の釈迦の評価について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
2.生涯
2.7.入滅後の釈迦の評価

釈迦の入滅後、仏教はインドで大いに栄えたが、大乗仏教の教義がヒンドゥー教に取り込まれるとともにその活力を失っていく。さらにインドがイスラム教徒に征服されるとともに弾圧を受けた仏教は、インドで消滅する。ヒンドゥー教は釈迦に新たな解釈を与えた。釈迦は、ヴィシュヌのアヴァターラ(化身)として地上に現れたとされた。偉大なるヴェーダ聖典を悪人から遠ざけるために、敢えて偽の宗教である仏教を広め、人々を混乱させるために出現したとされた。ただし逆に大乗仏教の教義をヒンドゥー教が取り込んだためヒンドゥー教が仏教化したと捉えることもできる。

イスラム征服後のインドではカーストの固定化がさらに進む。このなかでジャイナ教徒は信者をヒンドゥー社会の一つのカーストと位置づけその存続を可能にしたが、仏教はカースト制度を否定したためその社会的基盤が消滅する結果となった。カースト制度の外にある不可触賎民の一部は仏教徒の末裔でないないかとの憶測も存在する。さらにインド仏教はその存在を僧伽に依存しており、回教徒によって僧伽が破壊されたことによってその宗教的基盤を失い消滅した。インド北東部の一部で細々と存続する以外にはインドで仏教が認められるようになったのは、インドがイギリス領になった19世紀以降である。

釈迦の聖地のある、ネパールでも釈迦は崇拝の対象でもある。ネパールでは現在、ヒンドゥー教徒が86%、仏教徒が8%となっている。ネパールでも仏教は少数派でしかないが、ネパールの仏教徒は聖地ルンビニへの巡礼は絶やさず行っている。なお、ルンビニは1997年にユネスコの世界文化遺産に登録された。

仏教は仏滅後100年、上座部大衆部に分かれる。これを根本分裂という。その後西暦100年頃には20部前後の部派仏教が成立した。これを枝末分裂という(ただし大衆部が大乗仏教の元となったかどうかはさだかではなく、上座部の影響も指摘されている)。そして、部派仏教と大乗仏教とでは、釈迦に対する評価自体も変わっていった。部派仏教では、釈迦は現世における唯一の仏とみなされている。最高の悟りを得た仏弟子は阿羅漢(アラカン 如来十号の一)と呼ばれ、仏である釈迦の教法によって解脱した聖者と位置づけられた。一方、大乗仏教では、釈迦は十方(東南西北とその中間である四隅の八方と上下)三世(過去、未来、現在)の無量の諸仏の一仏で、現在の娑婆(サハー、堪忍世界)の仏である、等と拡張解釈された。また、後の三身説では応身として、仏が現世の人々の前に現れた姿であるとされている。とくに大乗で強調される仏性の思想は、上座部仏教には無かったことが知られている。

マニ教の開祖であるマニは、釈迦を自身に先行する聖者の一人として認めたが、釈迦が自ら著作をなさなかったために後世に正しくその教えが伝わらなかった、としている。

「金持ちの議員」(18:19)</ref>)。

(出典:Wikipedia)

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