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2.逸話
- 海外で空港税関係員に「Do you have any spirits?(あなたは蒸留酒を持っていますか?)」と質問され、「Yes! I have Yamato-Damashii!(そうだ、俺は大和魂を持っている)」と堂々と答えたことがある。
- 達筆で知られ、自社の事務所の掃除も自ら進んでする(訪問者が三船本人と気付かなかったという逸話がある)程の掃除好きだった。また、料理も好きで、中島春雄によると、一ヶ月にも及ぶ宿泊がざらだった御殿場でのロケでは、三船が肉や野菜を買ってきて自ら包丁を振るい、大鍋で豚汁を作ってロケ仲間に振舞うのが恒例で、弁当は握り飯しか出なかった現場で大好評だったそうである。
- 1956年の東宝映画「ならず者」(青柳信雄監督)では主役を演じるとともに主題歌「山の男の唄」(作詞:佐藤一郎、作曲:佐藤勝。コロムビアレコード。1956年5月発売)を歌った。
- 1954年に黒澤明監督の映画である『七人の侍』において菊千代を演じた際、実際の撮影現場は2月の真冬で、その上土砂降りの豪雨の中で地肌に鋼の鎧を着て殺陣を行った。しかし撮影後、三船は体調を崩し風邪を引いてしまい2週間寝込んだという。
- 酒癖が悪く、飲むと性格が一変した。酔ってタクシー内で安藤昇に殴りかかり、逆に殴り返され、顔が腫れて翌日は撮影にならなかったこともある。
- 『山本五十六』を数多く演じたことでも知られる。ハリウッド映画・日本映画映画を含め、山本役を3度演じた。山本を演じた回数では三船がトップである。
- 硬派なイメージの強い三船だが、実際にはこまやかで優しい人柄だったと言われ、茶目っ気たっぷりの一面もあった。
- 映画の撮影の合間に砧撮影所から自宅まで甲冑姿のまま車を運転して帰り、周囲の度肝を抜いた。
- 岡本喜八監督とはお互いの貧乏時代からの友人で、俳優と監督でのコンビだけでなく、喜八プロに三船プロのセットを融通したりの友情が長く続いたが、同じ下宿に済んでいたころ三船は繕い物が上手かったという。
- 1981年のTBS正月特番ドラマだった『関ヶ原』の宣伝の一環として『8時だョ!全員集合』にゲスト出演。『関ヶ原』出演時と同じ鎧兜を付け、「石田家軍師島左近」として番組冒頭のコント劇に出演し、同じく戦国武将役のいかりや長介率いる部隊の窮地を救う役を演じる。その後、いかりやと二言三言の会話を交わし、三船が「カラスの歌を聞きたい」と言ったのでいかりやは志村けんを三船の前に呼び出して「♪カラスの勝手でしょ~」を歌わせた。三船は舞台袖に退場したが、その途中で突如、同番組名物だったヒゲダンスを披露。世界的スターがザ・ドリフターズのギャグを演じたことに対し、客席からは笑いや悲鳴のような歓声、そして深いどよめきが起きた。これは事前の打ち合わせにはない全くのアドリブだったようで、いかりやは舞台上で「ああいう人が、ああいうことをやるなんて…」と真顔で驚嘆した。
- 三船は冒頭コント劇の後で「少年少女合唱隊」にも出演し、早口言葉コーナーでは真顔でドスの効いた声で「生麦生米生卵…」と歌い、さらには「生麦生米生ビール!」とボケてみせた。
- 娘の三船美佳が『ダウンタウンDX』で披露したプライベートビデオには、美佳相手にオヤジギャグを言う三船の姿が映し出されていた。
- 三船が逝去した際、フランス共和国とイタリア共和国の国営放送のテレビニュース番組が『トシロー・ミフネの死去』をトップニュースで報じた。外国報道機関がトップニュースで日本の俳優の死去を報じたのは過去に例がなく、三船の国際的知名度の高さを証明することにもなった。
(出典:Wikipedia)