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3.歴史
3.2.原始・古代

現在の岡山県の地域には、鷲羽山遺跡倉敷市)などの原始からの遺跡が存在しており、旧石器時代から人々が居住していたことが窺える。また、彦崎貝塚(岡山市南区)では縄文時代前期の地層からイネプラント・オパールが大量に出土し、朝寝鼻遺跡(岡山市北区)でも同様の発見があり、縄文時代前期には畑作によるイネの栽培が始まっていたとみられる。

古代には吉備国といわれ、畿内地域や北九州地域、出雲地域、毛野地域等と共に、日本列島の中心地の一つとして栄えていた地域である。吉備国畿内勢力と同盟関係を築いて日本列島の統一期(4世紀中葉)に影響を与えた。 その支配地域は現在の岡山県・広島県中東部・香川県島嶼部・兵庫県播磨地方に及び、さらには四国芸予諸島にも至っていたと推定され、県内に残されている造山古墳(岡山市北区)や作山古墳総社市)、両宮山古墳赤磐市)等の大型古墳からも窺えるように、強大な権力が存在していたと考えられる。6世紀前半に大和朝廷への臣従したのち、吉備国は勢力抑圧のために備前国備中国備後国の3国に分割され、さらには備前国から美作国が分国された。国府は現在の岡山市(備前国)、総社市(備中国)、津山市(美作国)にそれぞれ置かれ、旧吉備国からは奈良時代に中央政権で権勢を振るった吉備真備道鏡天皇位簒奪を阻んだ和気清麻呂らの優れた人材を輩出した。

平安時代には備前・備中は受領にとって実入りの多い、「上国」のひとつとされており、農業生産力が高かった。またこの時代に各地に荘園がひらかれた。特に鹿田荘は藤原氏の氏の長者が受継ぐ4つの荘園(殿下渡領)の1つであった。その他に大安寺荘(岡山市北区)など。平安時代末期には平氏の勢力圏におかれ、1183年寿永2年)には県の南東部、倉敷市玉島地区で、翌年には藤戸地区で源平合戦が繰り広げられた(水島の戦い藤戸の戦い)。

(出典:Wikipedia)

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