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教団は奇抜な選挙活動等、一部で注目を浴びていた。1989年11月に起きた坂本堤弁護士一家殺害事件や1994年6月に起きた松本サリン事件、1995年2月28日に起きた目黒公証人役場事務長拉致監禁致死事件等では容疑団体と目され、それ以降警察から監視されていた。
1990年5月、熊本県波野村に進出するが、地元住民の激しい反対運動に会う。また、そのことに関連にして国土利用計画法違反事件で強制捜査を受ける。この事実が、オウム真理教の被害者意識を高めるきっかけとなり、その後の事件のきっかけになったという指摘も多い。
検察庁側の主張によれば、1995年3月に、警察の全国教団施設の一斉捜査の内部情報を入手したオウム幹部は、警察の目を逸らすために東京都で大事件を起こす事を思い付き、1995年3月20日、地下鉄サリン事件を起こしたとされている。よって、この事件そのものは内乱ではなかったとされるが、内乱を起こすための時間稼ぎと考える事も出来る。却って教団の事件関与の確信を深めた警視庁は1995年3月22日に山梨県上九一色村(現・富士河口湖町)の教団本部施設への強制捜査を行った。施設からはサリン等の化学兵器製造設備、細菌兵器設備、散布の為の軍用ヘリコプター等が見付かり、オウム真理教の特異な実態が明らかになった。事件との関与が指摘された教団の幹部クラスの信者が続々と逮捕された。東京地検は松本智津夫を17件の容疑で起訴したが、その内LSD・メスカリン・覚醒剤・麻酔薬等薬物密造に関わる4件に付いては裁判の迅速化を図るため2000年10月5日起訴を取り下げている。
これら事件に関わったとされる最重要容疑者、平田信・高橋克也・菊地直子が未だ逃亡中であり警察は懸賞金付きの指名手配を行っている<ref>オウム真理教関係特別手配被疑者(警視庁公式ウェブサイト)</ref>。
1995年5月16日には、教団代表であった松本智津夫(麻原彰晃)が上九一色村の教団施設で逮捕される。その後村岡達子が代表代行となったが1995年10月30日、東京地裁により解散命令を受け<ref>『判例時報1544号』43頁、『判例タイムズ890号』38頁</ref>、同年12月19日の東京高裁において、即時抗告が<ref>『判例時報1548号』26頁、『判例タイムズ894号』43頁</ref>、翌1996年1月30日の最高裁において特別抗告が共に棄却され<ref>『判例時報1555号』3頁、『判例タイムズ990号』160頁</ref>、宗教法人としては解散させられた。