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野中広務-政界引退後について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
1.経歴
1.6.政界引退後

2003年10月政界を引退したが、小泉内閣を『非情の政治』と批判を行った。また、自身の軍隊体験から国防に関しては「ハト派」であり、憲法の改正にも反対の姿勢であり、多くの対立点を持つ小泉内閣に対して異を唱え続けた。

2004年に、日歯連闇献金事件が発覚したが、野中は橋本らと共に1億円の小切手を受け取る現場に居合わせたことを否定。東京地検政治資金規正法違反で捜査していたが、関与しているが積極的でないとして起訴猶予となった。これについて検察審査会(検察審査会は事件の当事者ではなく、その案件を扱う検察官の独立性の成否を扱う機関)」で不起訴は不当であるとする議決を行った。

2005年第44回衆議院議員総選挙では、かつて選挙区(京都府第4区)で後継者指名をした田中英夫(前亀岡市長)が、郵政民営化法案に造反し反対票を投じたため自民党から公認を得られず無所属で出馬。刺客として自民公認で出馬した中川泰宏船井郡八木町長に敗れた。中川は野中の議員時代の腹心で後継者と目されたこともあったが、北桑田郡・船井郡の市町村合併から意見の齟齬が見られるようになった。さらに、中川が、2002年の京都府知事選に笹野貞子民主党副代表の応援を受けて立候補・落選して以来、野中との対立が決定的なものとなった。

亀井静香、藤井孝男、野田聖子、古賀誠、小林興起らかつての反小泉の勢力も落選・非公認・離党などで権力抗争から外れていったため、彼らを支援していた野中の影響力も次第に低下していた。小泉の後継者である安倍晋三が総理大臣を辞職すると、古賀誠の要請で麻生包囲網に参加したとも、福田康夫内閣成立の立役者(新五人組)の一人とも言われている。古賀が自民党選対委員長に就任したこともあり、低下していた野中の影響力に変化が生じている。

(出典:Wikipedia)

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