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跡地は2001年の暮れに公開され、残骸撤去と行方不明者と遺体の捜索が続く中、周囲は祈りの場となった。跡地から見つけられた十字架状の鉄骨は崩壊跡地にたてられており、「鉄骨の十字架」と呼ばれている。
9/11で膨大な床面積のオフィス物件を失い、市内からの企業流出を恐れるニューヨーク市などはローワー・マンハッタン再開発会社を設立、ここにWTCを再建する計画がスタートした。しかし再開発にあたっては遺族感情もあるため、誰もが慎重にならざるを得なかった。当初案はオフィス再建一辺倒だったため遺族の反発を買い、世界の建築家を招いたコンペを経て、ダニエル・リベスキンドの「メモリー・ファウンデーション」と題する案が1等となり採用された。ポーランド生まれドイツ在住のリベスキンドはベルリン・ユダヤ博物館に代表される祈念モニュメントの設計に定評があり、今回も尖塔までの高さ1776フィート(541m、アメリカ独立の1776年にちなむ、ただし建物部分は70階建)の自由の女神を模したフリーダム・タワーがそのデザインの中核を占めていた。またツインタワーのあった場所は慰霊の場とし、その周囲をストーンヘンジのように囲む5つの高層ビル群は、毎年9月11日の朝の旅客機衝突時刻からビル崩壊時刻までの間、タワー跡地には影を落とさないように配置されていた。
しかし港湾公社は9/11テロ直前の2001年7月、ニューヨークの不動産開発業者ラリー・シルバースタインにWTCを長期リースする契約を交わしており、その結果シルバースタインが事実上の再建施工主となったため、事態は複雑な様相を呈するに至った。商業価値を優先するシルバースタインはモニュメントとしての性格が強いリベスキンド案を嫌い、SOMのデイヴィッド・チャイルズを参加させて設計に大幅な変更を加えたため、リベスキンドとの間で訴訟沙汰となった<ref>シルバースタインはテロ被害による保険金支払額をめぐっても、テロを1回と数えるか、飛行機の衝突回数から2回と数えるかで訴訟を起こし勝訴している。</ref>。 両者は和解し、新たにリベスキンド・チャイルズ折衷案が公表されたものの、今度は警察当局や米国本土安全保障省などから保安上の設計変更が求められ、さらに港湾公社やこれを管轄するニューヨーク・ニュージャージー両州議会などの意向も加わり、設計は変更に変更を重ねることになった<ref>最新のフリーダム・タワーのデザインに自由の女神のイメージは全くない。</ref>。
2002年半ばまでに残骸は全て撤去され、遺体の捜索も合わせて打ち切られた。以後、新ワールドトレードセンターや地下鉄の再建が始まり、その第一歩として、新7WTCが2006年に落成、WTC全体の再建事業完成は2010年代になると見込まれている。なお再建後の名称は従来どおり「ワールドトレードセンター」となる予定である。
新ワールドトレードセンターの構成は以下のとおり<ref>このほかに、リバティーストリート130番地(ワールドトレードセンター・タワー5)がWTCの南に隣接した土地に建設される予定。設計者はコーン・ペダーセン・フォックス。この場所はもとはWTCの敷地外であり、1974年に40階建ての超高層ビル・バンカーズ・トラスト・プラザが建設された。1998年、ドイツ銀行によるバンカーズ・トラストの買収でドイツ銀行ビルとなったが、真正面のサウスタワー崩壊の際、前面に24階分の高さの傷跡ができロビーは全壊した。その後、この建物は使われないまま残っていたが、ワールドトレードセンターの新たな一部としての再開発が決まり、2004年に全面取り壊しが発表され、2007年から取り壊された。 </ref>。
- フリーダム・タワー (タワー1): 高さ541m、SOMのデイヴィッド・チャイルズ設計
- グリニッジ通り200番地 (タワー2): 高さ411m、ノーマン・フォスター設計
- グリニッジ通り175番地(タワー3): 高さ383m、リチャード・ロジャース設計
- グリニッジ通り150番地(タワー4): 高さ288m、槇文彦設計
- 7ワールドトレードセンター(7WTC): 高さ228m、SOM設計、2006年5月23日落成
- 交通ハブ(PATH新ターミナル): サンティアゴ・カラトラヴァ設計
- リフレクティング・アブセンス (Reflecting Absence、不在の反映): ツインタワーが立っていた部分に創られる祈念施設
- インターナショナル・フリーダム・センター