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ワールドトレードセンター (ニューヨーク)-敷地について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
2.敷地

WTCの敷地はかつて「ラジオ・ロウ(ラジオ横丁)」といわれた電気部品街・倉庫街のほか、ハドソン川横断鉄道のターミナルビルがあった。偶然にもこれも双子のタワーで、22階建てで2ブロックを占める程の大きさがあり、1908年の建設当時は世界最大のオフィスビルであった。地下にハドソン川を渡るニュージャージー州からの通勤鉄道の終着駅があったが、その経営は第二次世界大戦後、モータリゼーションによって破産状態になった。

増大する海外貿易のための大規模な商業・取引センターをニューヨークに作るという案は第二次世界大戦直後からあり、1946年にニューヨーク市によって設立されたワールドトレード社がいくつかの建設案を作成したものの、資金不足などで計画倒れとなっていた。

この戦後まもなくの計画に関わっていたデイヴィッド・ロックフェラーは、1950年代後半にはマンハッタン各地で数十ブロックを丸ごと刷新する都市再開発計画(リンカーン・センターなど)を進めていたが、同じ時期、ローワー・マンハッタンで再度ワールドトレードセンターを作る計画を始め、1960年にニューヨーク港湾公社(1930年に設立されたニューヨーク・ニュージャージー両州にまたがる港湾地域の開発を目的とした公団、1972年にニューヨーク・ニュージャージー港湾公社と改称)のオースティン・トービン総裁に提案した。

第二次大戦中から総裁を続ける実力者トービンと港湾公社は、ワールドトレードセンター計画を強力に推進することにし、最終的に場所をハドソン川横断鉄道がありニュージャージー州との交通も便利なハドソン川沿いの現在の敷地に決定した。老朽化した一帯を再開発で全て更地にし、巨大なオフィスビルを複数作って貿易関係の企業を集積させ、税関施設や港湾公社などの貿易ビジネスをサポートする機関も全て入居させるという「ワールドトレードセンター・コンプレックス」の建設が、こうして決定したのである。

さらに、ハドソン川横断鉄道を港湾公社運営による新鉄道にし、その駅も新築して敷地内を走るニューヨーク市地下鉄との乗換駅とし、交通ターミナルを構築することにした。

(出典:Wikipedia)

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