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3.沿革
3.3.1970年代
- 1970年5月29日 小林與三次が社長に就任し、読売色が一層強まる。
- この辺りから、対外的に使用する社旗を青地に社章(「NTV」ロゴを丸で囲った物)を白く抜いた物より、読売新聞の社旗を模した上から緑・赤・青色の模様の旗に変更。
- 1970年11月10日 同局の送信所を、麹町の本社社屋に隣接したテレビ塔から東京タワーに移行。
- 1970年 那覇、ワシントン、モスクワ、ソウルに各支局を開設。世界ネットを強化。
- 1971年 全国高校サッカー選手権大会を毎日新聞社に代わって主催し、独占中継権を得る。自社製作の番組のカラー化率がほぼ100%に達する(日本の民放初)。
- 1972年 系列18社によるNNS(日本テレビネットワーク協議会)発足。当時のネット局名古屋テレビ(NBN)と番組編成を巡って係争。この結果、12月に東海地区のテレビネットを中京テレビ(CTV)へ一本化する事に決定。(CTV開局後もNBNと2局並列でクロスネット加盟=当時CTVはNET中心の編成=だった)
- 1973年1月14日 ハワイで行われたエルビス・プレスリー・ショーを独占衛星生中継。
- 1973年 アメリカABCニュース社と、ニュース提供と衛星中継に関する契約を締結。
- 1973年10月31日 日本テレビ系列愛の小鳩事業団設立。
- 1973年12月20日 読売新聞社、朝日新聞社、毎日新聞社の3社首脳間で日本テレビと東京放送(TBS)の新聞資本を統一する合意が成立。
- 1974年 石油危機による電力節減のため、郵政省が民放各社に深夜の放送自粛を要請。在京5社の申し合わせで、1月7日から深夜0時30分で放送終了となる。
- 1974年3月31日 開局以来の3社ニュースの放送が「読売新聞ニュース」に一本化される。
- 1974年5月 読売新聞社は朝日新聞社と毎日新聞社が持つ全ての日本テレビ株式を購入。これで日本テレビは完全に読売グループの傘下に入る。
- 1974年 小林社長、ヴァティカンでローマ教皇パウロ6世から勲章を授与される。
- 1974年12月1日 資本金を37億2500万円に増資。
- 1975年 同局の「愛の小鳩事業団」が日本で初めての「手話スクール」を開講する。UHF局(テレビ神奈川)へのプロ野球リレーナイター供給を開始。「水曜ロードショー」にて、名作映画『風と共に去りぬ』がテレビで世界初放映される。
- 1976年11月25日 日本テレビ放送網文化事業団設立。「フランス美術賞展」などの美術展を開催。
- 1977年3月20日 資本金を41億円に増資。
- 1977年10月 視聴者参加型大型クイズ番組「アメリカ横断ウルトラクイズ」スタート(以後1992年まで毎年1回行われた)。
- 1978年1月 開局25周年に伴い、シンボルマーク(社章)を変更。(「NTV」ロゴを丸で囲った物から、日本テレビの"日"と地球をメルカトル図法的にデザイン化したものに。放送では1992年夏頃まで、社の封筒では2003年夏頃まで使用されていた〈1992年以降は「なんだろう」のマスコットと一緒に〉。現在は株券・社債のみに使用。)
- 1978年4月1日 無償新株式(1:0.1)発行。資本金が45億1000万円となる。
- 1978年8月26日 「24時間テレビ 「愛は地球を救う」」スタート(以後、毎年8月に行われる)。
- 1978年9月28日 世界初の音声多重放送実用化試験放送を開始。番組第1号は「ミセス&ミセス」。この日から、後楽園球場の巨人戦もステレオ放送になる(この日は対広島戦だった)。
- 1979年3月5日 「ズームイン!!朝!」放送開始。
- 1979年12月31日「欽ちゃんの仮装大賞」スタート。
(出典:Wikipedia)
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